(切実に)なにもない田舎には何がないのか

概念的な話だけでなくて、その地域になにもないというのは死活問題です。

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この田舎では何事もおこらない

ここで何もないというのは、よその人に売り出せるような魅力がなにもないということ。

苦し紛れに、災害とか犯罪とかも含め「何もないところ」がいいところだなんて言っていても説得力がありません。

平穏無事は確かに良いことだと思うし、みんなそれを目標に頑張っているとは思うけど、でもそれを求めるために朝日町を目指すって部分に飛躍があります。

誰も自分の人生が波乱に満ち、紆余曲折があり、危険にさらされてるなんて考えてないでしょう。

だいたいが自分の人生は平凡で、まともで、自分に出来る最大限の力を持ってやってると思ってる。

つまり、多くの人が、今いるところで今してる生活が、最大限の平穏無事な生活であるはずなんです。

確かに朝日町は極端に災害が少ないと思います。

僕も札幌に行くまで揺れを感じたことはなかったし、超内陸だから波の影響もありません。作物も、よく育つみたいです。自分で育てたことないから実感ないけど。

でもそれが最大の魅力になるって、あまり良い状況ではないと思う。ただの避難所になってしまう。

「何もなさ」を苦し紛れに挙げたところで、それは分かったから何があるの?って話になったら口を噤むのですから、本当に何もないのです。

滲み出る付け焼刃感

この町の人にとっても、どうせなら何かがあるから来て欲しい、何か目指して来て欲しいというのが切実な気持ちでしょう。

ここは災害が少なく、自然に満ち、安全で人間らしい生活を送れる、というのは全面的に売り出すべき理屈ではなく、そんなことはここでは当然だ、その恵まれた土地で何をするか考えることが大切だ、という理屈が一歩前進の思考だと思います。

朝日町に限らず、この地域は全体的に災害が少ないってことだしね。
その中で朝日町が独特の空気を持つことは可能なのでしょうか。

地域おこし、町おこしというと、いくつかのアプローチを思い浮かべることが出来ます。

多岐に渡りすぎて網羅するのは難しいんだけれども、発想として一番はじめに来る、一番単純な方法は、観光地化や名産品の開発です。

その土地にしかないもの、その土地でしかとれないものを宣伝して売り出す方法。

これで町おこしに成功したケースはたくさんあるようですが、問題は、売り出すものがない町です。朝日町のような。

それにこれは珍しいぞ、ここにしかないぞというものでも、それがブームになるかはまた別の話し。

どれだけ珍しくても魅力がないものなら人は寄り付かないし、その魅力を得るための労力と価値をてんびんにかけて、冷静に判断されます。

ここでしか食べられないイモ料理があったとします。

でもこの町は札幌からでも高速乗って3時間くらいかかる場所にある町です。

食べにくるかって言ったら来ないでしょ。よっぽどイモに目がない人じゃないと。

秘湯があればいいですよね。秘湯なら移動距離がスパイスになって、辿り着くのが困難であればある程価値が高まったりします。

でも半端に交通の便整ってる訳で、別についでに見るものもない訳で、やっぱりわざわざ感が強くなる。

ゆるキャラとかご当地マスコットで人気を博しますか?ふなっしーとかくまモンみたいに。

いやむしろもうないほうが目立っていいんじゃない?ってレベル。

朝日町も遅ればせながら、「ジャンプん」ってマスコットキャラが生まれたようです。

おお、なんかyoutubeのチャンネルある。
動画は少ないけど。

田舎の生活をツアー化する地域もあるようです。離島とか、本当に人口数人の村で、自給自足みたいな生活をして、生きる知恵を得て、田舎を体験する。

海とか山とか独り占め状態で、そこそこ出会いもあったりして、絶対良い思い出になるみたいな。

その地域に住む人にとっては当たり前の生活が、他の地域の人にとってはすごく珍しいということはありますよね。

そりゃ友達ん家行ったって軽くカルチャーショック受けることあるんだからそういうこともあると思う。

だからといって、やっぱりそういうことが出来るのは恵まれた地域で、もともと良いモノを持ってたから出来ることです。

そういう風に、何かに秀でた地域はすごい。そして元々秀でてたものだったり、これを頑張ろうってコツコツ積み上げてきたものが人に認められるようになって観光地化した地域はすごい。

たぶんに偶然の要素もあったはずだし、外からの訪問者がその魅力を伝える媒体になってくれたり、プロデュースしたケースもあると思う。
その地域の魅力はインスタントに作るものではないし、ましてや表面的な真似をして体裁を整えられるものでもないでしょう。一発屋芸人みたいな現象も起こらないではないけど。

白紙が求められるのは

じゃあ、朝日町には今の段階で何があるかというと、割とスポーツ関係のことは頑張っているようです。

お隣士別市の方が規模的にも施設的にも優れているから盛んでしょうが、たくさんの合宿性が毎年訪れて来てくれます。

スキーだけだったら朝日町の方が盛んかも。スキー場とジャンプ台があって、クロスカントリーのコースもある。ジャンプんだってジャンプ台?ジャンパー?をモチーフにしたキャラです。

あ、でもジャンプだったら下川って町の方が有名かも。有名な選手がたくさん排出されていますからね。

いずれにせよ、スポーツ(スキー)に興味ない人にとってはそれがなに?というところです。

スポーツマンがいっぱい住んでる訳でもないし、町中にランナーがいるわけでもないしね。

朝日町は今のところ、こういう状況です。

色んな人にとって魅力のある町だとは思います。

だけど僕にとってこの町は、客観的に見て、若い方がわざわざ来るところではない。

だからこそ、もっと概念的な部分。モノとかブランドとかじゃなくて、外から訪ねてくる人を受け入れる姿勢を大事にしなくてはいけないと思います。

何もないのが良いのはどういう状況か。

例えばノートでもキャンパスでも、何か書こうとする人は白紙の方が良い。

試験対策ノートや壁に飾る絵が欲しい人にとっては、何も書いてないってほんとうに何の魅力もないのです。

それじゃマズイからって試験に役立たないこと書いたって、適当な絵描いたってダメですよね。

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コメント

  1. 樋口 より:

    何もないところに、必要なものを用意するのは当然。

    何もないところに、それ以上を求めないのは安全。

    何もないところに、見所を探そうとするのは漠然。

    何もないところに、人を惹きつけるものを創るのは挑戦。

    町に住んで消費する人、を増やすのか。
    町を訪れて浪費する人、を増やすのか。
    町に学んで投資する人、を増やすのか。

    どんな町にしたいかで、どんなお金を動かすべきか決まるかもしれない。