精神が何を求めているのかということを人に伝えよう

※アイキャッチ画像はコミュニティスペース「旧佐藤医院」の和室

僕が今していることは、一言で言えば「まちづくり」です。

具体的にどんな環境を町に作りたいのかと言うと、ブックラバーが集まるような、もしくは物語の創作者の腕がなるような環境。

さらに具体的に言えば、コミュニティスペースの中に私設図書館を作り、書斎スペースを作り、例えば一時期に3人とか、4人といったこじんまりとしたコミュニティが、それぞれのごく個人的な創作活動に打ち込める環境を作る。そこで創作していること自体に幸せを感じられるような環境を作る。

無暗にみんなでいたいわけではない、と思います。ただみんなで一人ぼっちを分け合って、少し安心できる場所を作りたい。引きこもって、時間を忘れて、我に返ったときにみんなでお腹を空いたねって話せるような場所が良い。

その上で、そこで生きた時間こそが次の創作活動に繋がったり、生きる上で糧になるような場所、もしくは希望になるような場所を作る。

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抽象的で精神的な欲求

今のところ、このあたりまで整理できています。

僕がやっていること、僕がやらんとしていることをもっともさらっと、具体的すぎず抽象的すぎない程度に開陳するとしたらこのようになるのです。

具体的な話をすればキリがなく、抽象的な話をすれば掴みどころはゼロになる。間を取って分かりそうで分からないところ、もしくは分からなそうで分かるところに落ち着いている。

多くの場合僕が夢を語るときは具体的な話だけをします。

図書館を作りたい、創作合宿がしたい。そのためにゲストハウスの運営をして、コミュニティスペースの環境作りに取り組んでいるというようなこと。

抽象的な話はと言えば、例えば、僕は感動の総量を増やしたいのだ、というようなことを言うことになります。

心がざわついて仕方ない夜に話せる人がいることは幸せに違いないのだ。

誰でも異世界に迷い込みたくなるときがあると思うのだ。そういうとき映画館や、芝居小屋のような、手頃な異世界が恋しくなるのだ。

普通に生きてるだけでは会えるはずのなかった人に会える奇跡に向かって、できるだけアプローチしてみたいのだ。

きっと好きな環境を作ることができれば、自分が会うべき人に会えるチャンスが増えると思うのだ。

ほんとうはこっちの方を強く人に伝えたいんだけど、つい「何をしているか」「何をしようとしているのか」を話してしまう。

とにかく形にしなければ、人に伝えられるようにしなければと総合的に導きだした答えである、施設図書館を作るとか、創作合宿をすると言ったところを、もっとも大事なことのように話してしまう。

形にはなったが思ってたのと違う地獄が怖い

それは間違っているとは言わないまでも、僕の場合、伝える順番に気を付けることはぜひ必要なのではないかと考えました。

何故なら、「やること、したいこと」を話すと実現可能性の話になってしまいがちだし、たいてい実現可能性の話をすると不可能になってしまうから。

できない理由なんて腐るほどあります。実現可能性がもとよりある望みなのなら、もうとっくにできてるでしょう。

現状できてないことを指してできない理由を考えることは比較的簡単なことです。

僕はまず「精神が何を求めているのか」ということを、曖昧さや抽象性を恐れることなく人に伝えるよう心掛けなきゃと思う。

その上で、こういう環境を作ったらその感情は本当に満たされるだろうか?

もしこういう場所ができたら求めているものが手に取れるだろうか?

もしこういう人がいたら安心だろうか?

という問いによって、現実を作っていきたい。

そうしなければ、形にはなったが思ってたのと違う地獄に落ちてしまうかもしれない。そんな風に考えて怖くなった。

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