(メモ)懐かしいという感情が気になるの

月曜は自分の町の画像や映像をネタにいろいろ書く日です。

それである動画を作ってみようと思ってて、今日はそのために母校(小学校)に行ってきました。

ここはもう廃校で、廃校どころか建物自体もうないから正確には母校跡地です。

母校がないってのも田舎あるあるだろうし(ついでに言えば僕が通ってた高校ももうない)無くなったのずっと前だし特にセンチメンタルな感情になることはないんだけど、懐かしいなとは思う。

この懐かしいなという感情が表れるとき、頭の中では過去と今がこう混在してる感じになる。

過去は今より前にあることだし、今現在は今現在目の前にあることだけど、それは便宜上そうなだけであって、少なくとも頭の中では今も昔もないよなと思う。

そこで、そんな自分の「懐かしい」という感情が起こったときの映像を再生できないだろうかと思いついたのです。

スポンサーリンク
スポンサードリンク

通学路の掃除

校舎があったところもグラウンドだったところも今は草だらけなんだけど、校舎に続く坂道が掃除したらけっこうキレイになりそうなので掃除してきました。

通称「赤坂」と呼ばれてた道で、並木に囲まれ涼しげなトンネル坂になってる。

赤坂 ビフォー

掃除前はこんな感じで、松の葉と松ぼっくりが道中敷き詰められてる感じ。

赤坂 アフター

掃除したらスッキリ。

同じ構図で撮ったと思ったんだけど帰って来てから見てみると同じ構図の写真なかった。

これだけの話。

メモ:懐かしいってなんだろう

「懐かしい」って僕の中ですごく気になる感情のよう。

良い感情なのか悪い感情なのか分からない。

場合によっては泣きそうになる程の避けたい感情なんだけど、同時に「懐かしさ」というものに触れたくなるのはなぜか。

懐かしいって感情が表れるときは過去と現在の時系列がぐっちゃになってマーブル模様を描いているような気がする。

そういう映像美としても気になる感情でもある。

さらに気になる点を挙げれば、懐かしさの質って時間と比例したりするんだろうかとか。

例えば10年前に通ってたところは「懐かしい」だと思うけど、先月までいたところも同様に懐かしいということはあり得るものでどちらもおかしくはないんだけど、この流れで言えば昨日のことが懐かしくなったりすることもあって、でもそれはちょっと早すぎないかと。

旅行に行って帰ってきた次の日とか、ああ昨日が懐かしいって思うことあると思うけど、じゃあこの昨日のことを思う懐かしさと、10年前を思う懐かしさの質はどういう風に違うんだろう。違うのは多分間違いない。どういう風に違うんだろう。

メモ2:何となくの話、このブログは「コミュニティ」「まちづくり」「個性」とかその辺が表のテーマで、「懐かしさ」「愛郷心」「記憶」「ノスタルジー」みたいなキーワードが裏のテーマになってるような感じがする。そうと決めた訳じゃないけどそうなってるような。

その表と裏のテーマがすごく繋がってきてる気がする。

(メモ)懐かしいという感情が気になるの(完)

スポンサーリンク
スポンサードリンク