コペルニクス的転回でブログのテーマを変える

ブログのテーマを変えました。

最初はこれ↓

「内向的な文系人間がまちづくりを考える。文芸を志す人が合宿できる場所を作る!」

変えたのがこれ↓

「北海道の田舎でWEB時代の小説家のくらしを開拓するブログ」

こんなとこ誰もみねーよかもしれないけど、小事が大事です。

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コペルニクス的転回って?

コペルニクス的転回というのは、ただ使ってみたかっただけなのですが、いわゆる天動説の時代に地動説を考えるようなことで、180度クルッと発想が変わることを指して言います。

僕は「まちづくり」をテーマのこのブログを書き始めました。

だから文芸を志す人が合宿できる場所を作る!みたいに、まちづくり像をテーマに掲げていた。

しかし、よくよく自分を見つめてみると僕がやっていたのは「僕づくり」でした。

まちがあって、このまちを盛り上げるために僕がいるというつもりでブログの更新を続けていたのですが、これは間違いでした。

僕は自分が理想的な生活を送るために、この町を改変しようと企んでいるのでした。

僕の理想とは、静かな場所に引きこもり、できるだけ社交的な場には出ていかないで、自分の世界に浸りながら創作をし、人々に面白く思ってもらうことです。

このことに今朝めっちゃ気づきました。

つまり

「まちがあって、僕がいる」という状態から「僕がいて、まちがある」という風に180度視点が変わったのです。

まちづくりを大義名分にして自分から目を逸らしていた

何かを語るとき、主語をIじゃなくてYOUにするとか、まずギブするみたいな話ってよく聞きますよね。

もっともだなと思う僕は、何となく僕を主語にすることを恐れ、「まち」のことを考えているという風に発信していたのでした。

でもこれ、傍から見たら自分を主語にしてるのと変わらないよなと。

結局自分から目を逸らそうとはしているけれど、自分が属する町のことをいくら考えても、他人はまったく興味がない。

僕はブログが読まれないことや、町に人が来ない理由を「町」に逸らすことを考えていた。

僕が僕で与えられる価値がないことを見て見ぬフリして、町が魅力的になりさえすれば、町に価値が生まれればと考えていた。

なんと卑怯なんでしょう。

人々の反応がなくても、誰にも応援されなくても、こんな辺鄙な町だから仕方ないという風に自分を慰められるのです。

誰に向かって何を書いてるか分からないブログ

たしかに、僕らはまず人に与えなければならないと思う。

その前提に立って、じゃあ自分ができることはなんだ?自分がこの世に与えられる価値はなんだ?ということを愚直に考えなきゃならない。

それをなんか微妙に芯をずらして、「まちづくり」という大義名分を掲げていたのでした。

恥ずかしいことです。

確かに自分以外の人が喜ぶことを考えなければならないけれど、自分のこともロクに語れないヤツが、いったい人様に何を与えると言うのか。

おそらくこのブログの読者さんはそのことを見透かしていたのだと思います。

誰に向かって書いてるか分からないブログだなと無意識的に感じていた方もいるはず。

僕が発信するべき内容はweb時代の小説家志望者に向けた情報

僕はこのまちで、僕の理想の生活を送る。

僕は小説家を書いて、面白いヤツだなと思ってもらいたい。

このwebの時代を小説と共に走り抜けたい。

そのためには僕が住んでいるこの町じゃなきゃダメだった!っていうことを証明する。

そのときこの町の価値を、特定の誰かに届けることができるようになるんじゃないか。

それで、この町がWEB小説家にとって生きやすい場所になるかもしれない。

町があって僕がいるんじゃなくて、僕がいて町があるというところで覚悟を決めなければ。

そう考えると僕は、小説を書くことももちろんだけど、やっぱりこの時代に小説家として生活したい、その方法を考えてるという人に向けて情報を発信するべき。

できると思う。僕無駄なことばっかりしてるから。

まちづくりについても興味関心があるのは本当なので、noteの方で記事を展開していきます。

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