夏目漱石『坊ちゃん』の冒頭。
「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている。」
リズムが良くて覚えやすく、夏目漱石の作品の中でもとりわけ知名度が高いものなのではないかと思います。
坊ちゃんは坊ちゃんによる一人称で語られ、全編に渡り「親譲りの無鉄砲で損ばかりしている」坊ちゃんの性格や性質が、様々なレトリックにより表現されています。
エピソードのことごとくが冒頭の一文に返り、坊ちゃんの無鉄砲さ、後先考えさ、売り言葉に買い言葉というあっちゃーっていう行動が畳みかけられる。
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『坊ちゃん』の冒頭について書く理由
さてこの記事を書こうとしたのは実は少し邪な感情があって。
邪な感情というとちょっと語弊があるけれど、ブログを書いている人間の性なのか、読みたい人がいそうなら試しに書いてみたいと思うというただそれだけの理由で書き始めています。
というのも、ブログのデータを見るとどんな検索キーワードで人々がこのブログに辿りついているのかが察せられるのですね。
全てのキーワードが拾われるわけではないけれど、最近「坊ちゃん 冒頭」っていうキーワードがやけに目につくようになった。
もっとはっきり「坊ちゃん 冒頭 覚えやすい」というキーワードが書いてあって、「そうなんだ」と思ったのでこの記事書いてます。
あと、夏目漱石関連で『草枕』の記事を書いたり、『こころ』の話を書いたりしたけれど『坊ちゃん』の話は書いたことがない。
これは何か書かなきゃもったいないような気がする、何なら夏目漱石の代表作について網羅したいという変な理由で書き始めています。
だから『坊ちゃん』について、特に『坊ちゃん』の冒頭についてこれといった知見があるわけでもないままに書いているのですが、さてどんなことが書けるでしょう。
冒頭文を補足するエピソードの羅列という構成で冒頭文が頭に刻まれる
『坊ちゃん』の冒頭が特に覚えやすく印象的な理由ってあるのでしょうか。
坊ちゃんの冒頭は確かに印象的です。
しかも、この記事の冒頭でも書いた通り、『坊ちゃん』の行動や性質がことごとく冒頭文に返って行くという仕掛けになっている。
「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」の次の文章からして補強の役割をしています。
小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰こしを抜ぬかした事がある。なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃はやしたからである。小使こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼めをして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴があるかと云いったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
おやじもおやじで「二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴があるか」って叱るポイントそこかよ。
「この次は抜かさずに飛んで見せます」という返事もおかしい。何となくテンポよくて面白いんだけど、そこで「親譲りの無鉄砲」って言葉に納得する。
つづく文章も、もらったナイフを友達に切れ味が悪そうだ、みたいに挑発されてなんでも切ってやるって言ったらじゃあ指を切ってみろと言われてバックリ切ってしまうとか。
お母さんが亡くなる二三日前に台所で宙返りしたらあばら骨を打って痛かったんだけどそのお母さんにめちゃくちゃ怒られて顔も見たくないと言われたから親類の家へ行っている間にお母さんが亡くなってしまって、後悔しておとなしくしてれば良かったと思ったくせに兄貴に責められて腹が立ったから殴ったら叱られたとか。
やけにテンポのよい無鉄砲ぶりが語られて、その性質を克服しないままにどたばたするのが『坊ちゃん』。
まさに無鉄砲。引き金に指をかける前から弾が飛び出してしまうような、どうにも制御できない。
いや無鉄砲ってそんな意味じゃない。無鉄砲は「無手法」の当て字で、あとのことを考えずに行動してしまうことを言うと何かの辞書に書いてあった気がする。
『坊ちゃん』は単純に読みやすいから認知度が高く、漱石ファン以外でも覚えている人が多い可能性
僕の手元にある大変古い『文藝 夏目漱石読本』の最後にあるアンケートがあります。
これ昭和31年に刊行されたものなので意味のあるデータなのかは分からないけど、戯れだと思ってお付き合いください。
質問内容は以下。
- あなたは漱石の愛読者ですか?
- 漱石の作品で何が一番お好きですか?
- 漱石の作品をどう思いますか?
- 漱石からあなたの学んだものは?
ざっと見ると、最初の質問に「愛読者だ」という旨の回答をした人で、好きだと回答するのが多い作品は『草枕』『こころ』『明暗』『道草』などが目立ちました。
どちらかというとヘビィな印象のある作品。
一方、「愛読者というほどでは……」と答えている人で好きな作品に『坊ちゃん』を挙げる率が高いような。
簡単に数えてみると、『坊ちゃん』が好きと答えたのは94人中21人でした。微妙な数でしたね。
その中で愛読者ってほどじゃないけど……という方は14人。
取っつきやすいから『坊ちゃん』はまあ面白いんじゃない?という感じの人が多かったのかもしれないですね。
漱石はどう読まれているか
同じ文芸の夏目漱石読本に「漱石はどう読まれているか」
という特集ページがありました。
これは10代の男女に漱石の作品が好きかどうか、どんな作品を読んだか、初めて読んだ作品は何かというような質問をしたようです。
300人に聞いた質問らしいですが、漱石の作品を読んだことがあると答えた子の割合は98,7%。まじで?
その中で、何を読んだ?という質問では、『坊ちゃん』が圧倒的に読まれていました。実に91.6%。
こんな古い本の数字を引っ張り出して何が言いたいかというと、単純に『坊ちゃん』はエンタメ性が高く普段あまり漱石に手を出さない人にも、子どもにもよく読まれている、ということ。
これは今の時代も言うほど変わらないんじゃないか。
坊ちゃんの冒頭が覚えやすい理由まとめ
一番有力な説は『坊ちゃん』が夏目漱石の作品の中でもライトに楽しめる作品で夏目漱石を好む人もそうじゃない人も単純に読んでいる率が高いということ。
内容も普通に面白いしテンポがよく、構造的にも主人公の坊ちゃんのワンマン物語みたいな感じで、物語と主人公の特徴が冒頭に集約されているという点も手伝ってるだろう。
おそらく読み切った率も高いんじゃないか。そういう作品って印象に残りやすいですよね。
冒頭で言ったら『吾輩は猫である』もそうとう印象が強いものだと思うけれど、内容はけっこう難しいというか、取っつきにくかったりするのですよね。
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