一日50回、人間に見られる。控え目なコンテンツの目標値を持つメリット。

自分で考える創作論

僕がブログを書き始めた5年前?くらいの話なので今ではあまり当てはまらないかもしれないけれど、一日50回見られるコンテンツを作るのがとりあえずの目標値だと思っています。

50回?しょぼ……、って思われるかもしれません。

それは今やyoutubeやInstagram、Twitterで何万再生、何万リツイートという単位の数字を見慣れているからでしょう。最近では何百万という人に見られているのを見てようやくすげーってなりますよね。

なんか少年漫画みたいに数値のインフレが起きてる感があります。

よって一日50回というのは決して多いようには見えない。

しかし実際にコンテンツをネットの海に投下すると、一日50回という見られ方はかなり多い方だと気づきます。

この記事で言いたいことは、何万という数字に見慣れていても、一日50回という数字を目標にコンテンツを作るのは色々な意味でちょうど良いと思う、というお話です。

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リアルに想像できる人数、だいたい50人

何がちょうど良いって、モチベーションとか思考を巡らせる足掛かりとして一日50回というのはちょうど良いのです。

なぜなら、50回、つまり50人ってなんとなくパッと想像がつく人間の量じゃないですか?

例えば学校のクラスって30人とか40人ですよね。

会社の同僚(もしくは同じ部署の人)の数がちょうど50人くらいだーって人もいるかもしれません。

頭の中で50人くらいの人数って全員の顔が見えて、区別もつくというか、そういう数字だと思うのです。

一方何万人という人のことを想像できる人は少ないでしょう。

アイドルやアーティストなど、何万人もの前でライブをするような人であれば想像できるのかもしれないけど、自分がそれだけの人間を熱中させる想像なんてふつうできません。

でもやろうとしてしまうのですネットだと。同じ地平にいる誰かができてしまってるから。

同じ舞台に立っているあの人が、何万人、何十万人から賞賛されている。だからそこを目指してしまう。

できてしまうこともあるから厄介なところだけど、普通は思ったようにできないから、モチベーションが下がってしまう。

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50人にコンテンツを届けることは非常に難しい

ついでに想像してほしいのが、僕らがなんとか想像できる50人の前であなたが意見を主張したり、芸を見せたり、歌を歌ったりするとして、興味を持ってくれる人は何人いるでしょうか?

また、わざわざこちらに来て、あなたのお話とてもよかったよ、あたなの歌に感動しましたと言ってくれる人は何人いるでしょうか。

全員が好意的に、かつ積極的にあなたが発するものを見てくれるでしょうか。

確実にそんなことないですよね。多めに見ても明らかに好意的だったり積極的なのは10人程度のはずです。

たとえ強制的に見せられる環境にあったとしても、50人にコンテンツを届けることが非常に難しいということが分かります。

じゃあこの目に見えてる50人にある程度興味を持ってもらうにはどうすれば良いだろう?と考えることができる。

この、夢を見るのではなく現実的に戦略を練って、工夫ができる数が50人、つまり一日50回だと思うのです。

そもそもある程度あなたのコンテンツに興味がある人を50人想像して良い

さらに考えたいのが、その50人の質についてです。

僕らがネット上にコンテンツを投下する際、現実の場で喋ったり歌ったりするのと決定的に違う点があります。

それは、「そもそもある程度あなたのコンテンツに興味がある人を50人想像して良い」ということです。

例えば結婚式でスピーチをする、歌を歌う、ということになった場合、会場に50人いて、50人が興味を持ってくれることは想像しにくい。

しかし、ネット上でアクセスしてくれる50人はそもそもあなたがどんな話をするのか、どんな歌声なのかに興味がある50人です。わざわざ検索をしたり、タップをしたり、能動的な行動を取って辿り着いているのですから。

興味のない人に自分のコンテンツを届けることを考える必要がない。

これがネット上のコンテンツの良いところです。

その上で、じゃあその50人を確実に楽しませるにはどうすれば良いか?

その、興味がある50人に自分のコンテンツを見つけてもらうにはどうすれば良いか?

これを考える。

何万人、何十万回という数字をただ夢見るより(つまり漠然と面白いものを作るぞ、良いものを作るぞ!と夢想するより)ずっと現実的でできそうな気がしませんか。

50人、もしくは50回を目標にコンテンツを作るって具体的にどういうことか

ブログであれば、動線は検索に依存するところが大きいので、それに興味ある50人がキーボードに打ち込みそうなことをタイトルに含める、というのが正攻法ですよね。

実際アクセスを稼ぐためにあらゆるキーワードは(大手サイトやプロブロガーに)攻略されているのでそんなに簡単ではないですが、最低限やらなきゃならないことです。見られたいならですが。

youtubeでも同じですが、検索というよりは関連動画に乗ることで人の目に届きやすくなるらしいので、やはりよくあるキーワードをタイトルに含めること、ある程度スタイルを真似することなどが考えられます。

それで【モーニングルーティーン】と【ナイトルーティン】を撮ってみました。

【モーニングルーティン】和洋折衷な古民家でひきこもり執筆する小説家の悠長な朝のルーティン

2/25日の夜に投稿して、今の段階で6日くらい経っていますが、再生回数は120回くらい。わると一日20回とかですね。届いてないやんけ。そう届かないのですよ。一日50回見られるコンテンツを作るって本当に難しい。

かなり見られたい意識をもって、タグとかに注意して作ったんですけどね。

もちろん、結果がすぐに出るものではありません。ブログにしろ動画にしろ、アルゴリズムに乗るのに時間がかかったり、いろいろな要因が重なりあって再生数が変動していきます。

ナイトルーティンの方は3/1に投稿して、まる一日でやはり20回くらい。

あと30回をどのように見てもらうかを考えて次に生かすという感じ。

【ナイトルーティン】古民家にひきこもる小説家と怪奇小説の夜/night routine

しかしこれら二つはそのうち一日50回の目標値に乗ると思います。なぜなら現段階で一日20回は決して悪い数字じゃないから。最低限人の目と手に触れる手続きはこなしてるという感じ。

一方、以前に投稿した以下のような動画は、もう三週間経つのに50回に届かないくらいです。

タイトルやタグ、動画の長さなどに工夫がなく、独りよがりな作り方をしているからですね。

【断章取義】小説家 折原圭の日常「epモモ」

ここでお話しているのはネット上のコンテンツのことであり、芸術作品になると話が変わってくると個人的には思っています。

そちらについての考察はまたの機会に書きます。

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