嘘じゃないけど本当でもないこと。僕の本当のまちづくり・コミュニティデザインの輪郭

まちづくりを考える

塚田和嗣の名前でnoteのアカウント持ってて、こちらでは「まちづくり」とか「コミュニティデザイン」に関する記事を書くことになっています。

このブログではもっと「小説」について、「創作」について書きたくて、普段読んでくれてる人、何かのきっかけに読んでくれる人に「この人は小説を書く人なんだ」って思ってほしいと思ってたのです。

だからnoteとブログで書くテーマを分けよう、ペルソナを分けようと考えたのですが、これがなかなか難しい。

noteでは「まちづくり」や「コミュニティデザイン」について書こうと思ってて、書くことは限りなくある気がするんだけど、何となくいつも嘘をついているような感覚に陥り、なんと最近は更新ができない!

その原因がこの最初のキャラクター設定と言ってもよい自己紹介文です。

嘘じゃない、嘘じゃないんだけど、決して本当でもない。

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嘘じゃないけど本当でもないこと

「まちづくり」とか「コミュニティデザイン」に関わりがありそうだという感じはあるんだけど、僕はこの自己紹介文が自分のストレートな自画像だとは思えない。

「まちづくり」とか「コミュニティデザイン」に関心があり、よく考えるのは事実。だからそれを書けば良い。

だけど、僕が考えるそれはあまりに利己的な動機に端を発するものであります。

よってまちづくりやコミュニティデザインを前面に出した場合の僕は、何となく嘘をついているような感覚になる。

考えたのは事実。だから嘘じゃない。だけど何かを覆い隠している。

今までもずっとそんな感じだった。大学の志望届?みたいの書いたときも、卒業して海外ふらついてくるって決めたときも、嘘じゃないけど本当でもないことを言っていた気がする。

そういう、ガチっと自分じゃないものを抱えていると大変生きにくい。初動は何とかなっても続かない。

そんなことはとうに分かっていたはずなのに、正直に書くということが難しく、というか本音と建て前とか、ペルソナみたいなものをもう使いこなせると思ってた。

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僕の「まちづくり」や「コミュニティデザイン」の輪郭

僕は僕が理想とする生活を送りたいだけでした。

毎日本を読んで、小説を書いて、映画を見て、信頼できる人に囲まれて、おしゃべりして、畑仕事して、甘いもの食べて、適度な運動もして、ひっそり暮らしたい。

欲しいものは極端に少ない。そもそも物欲はあまりない。

老後かよって思われるかもしれない。

けれどさすがにそこまで衰えてない。正直尊敬されたい気持ちとか、認められたい気持ちはある。贅沢が許されるならそれなりに贅沢なものに目が行くかもしれない。

だからまあ、僕は基本的にぜいたくを言っているのかもしれない。

好きなことだけして生きてたいってことだから、そりゃ贅沢に違いない。

だけどこの町ならそれができるんじゃないかと思っているのです。

また、ベースが僕の理想で申し訳ないけど、誰かにその環境を分けることができるのではないかと思っているのです。

いやむしろ、他者の視線とか、他者との関わりなくして僕の理想の生活は完成しないのではないかと思っています。

それが僕の今の「まちづくり」とか「コミュニティデザイン」の輪郭なのです。

自己紹介文を書きなおそう

以上のことをベースにして、自己紹介文を書きなおそうと思います。

嘘でもないけど本当でもないことはつい書いてしまうし言ってしまうのだけど、ベースが取り繕ったものだと書き続けられないことが分かった。

それでもまだ取り繕わずにいられるかは分からないけれど、できるだけ正直に書く。

それでもまだ嘘くさいな自分と思ったらまた書きなおす。

その結果僕は他人のことなんか考えない、マジで自己中心的な人間だと分かったら、もうそのように暮らしていくかもしれない。

僕は他人のことを考える人間だと自分を評価しているけれど、同時に、操作的なところがあることも自覚しています。

何が正解なのか、どうすれば納得できるのか僕はちょっと現状分からないけれど、とりあえるnoteの記事を書きなおして新年からリスタートしようと思います。

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