旧佐藤医院と内面の充実

旧佐藤医院

僕のまちにあるコミュニティスペース「旧佐藤医院」の運営方針の一つに、「価値を提供する場所というよりも、それぞれが価値を生み出せる場所を作る」というものがあります。

言うが易し行うは難しと言ったところです。実際「そんなこと言われたって」と身構えてしまう方の方が多いでしょう。

もちろん、旧佐藤医院に来たからには何らかの価値を生み出せと言っているわけではなく、自然に独自の価値を生み出してしまうような仕掛けや仕組みを施すことを考えるというごく個人的なスタンスです。

具体的には以下のようなことを実践している感じです。

文学×町というフィルターで文化的な町をつくる
「文学×町」というフィルターで考えてます。文学が潜む町を作りたい。田舎には何もないというけれど、なにより文化的なものが足りないと思う。僕が住む朝日町には「サンライズホール」というホールがあって、ここでは定期的にお芝居の講演が打たれてい...

とは言え、こうしてそれらしいお題目を掲げているだけではいつまでも伝わらない、どうもお題目としてしか伝わらないという感覚があります。

正直、この感覚が伝わらないまま名前だけ先走ってしまったら嫌だなあと思っていて、「具体的にどんな価値が生みさせる場所なのか」を発信しなければ(しっかりクオリティを保って)と焦っていたところがあります。

しかしそう思えば思うほど創造力は鈍るし、なかなか手をつけられない。だから焦るし、どうすればすぐに成果を得られるだろうか?ということを考えるようになり自分に嫌気が差す日々がありました。

ところが、最近は驚くほどこの焦りがなくなりました。この心境の変化について、少し概念的な話になりそうですが、メモしておこうと思います。

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内容の充実

旧佐藤医院」は特殊な場で、一種のプラットフォーム、もしくは創造的な機械だ、という自意識をきちんと伝えるべきだと考え、でもうまくできず、焦っていました。

町がある、何ができる?/創造性を引き出す装置について
創造社会論の講義ビデオを見ています。15年度前期の第一回目から面白い。そこで面白いと思った話しを書いて伝えることが僕の目的であり、まちづくりに絡めて考えていきます。創造社会論の授業に、田中浩也さんという方がゲストとしてお話しされていた...

何があったというわけではないのですが、最近ではこの焦りがなくなり、淡々と、誰に見られなくても、実態として確かに在るものを作っていこう、という気持ちが湧いてきました。

きっと今までは、どう在るかよりずっと、どう見られるかを大事に思っていたのだと思います。

しかし、良くも悪くも人は必ずしも見て欲しいように見てくれるとは限らないし、何より、何か外観を取り繕ったような物事は、実際以上に中身が空っぽに見られるものかもしれない。

これは建物の話だけでなく人も同じだと思います。

内面の充実、という点に焦点をしっかり当てて、場所の機能や精神性を形作っていくことの喜びを積み上げていきたい。

実際に足を運んでくださる方に少しでも興味を持ってもらえて、大切にしてもらえる場所となるようにコツコツとやっていこうと思います。

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