これがパニック発作?/誰にも認められないことを認めるのはとても辛いという話

こないだ知人の結婚披露宴がありました。

披露宴の席で僕の身体に異変がありました。

動悸がして息苦しさを感じ、顔を上げていられなくなりました。

幸い披露宴の最後の方だったので良かったですが、エンディングに差し掛かる頃にはピークで体調が悪く、終わるまでの時間が果てしなく長く感じ、外に出てしまいました。

外に出て深呼吸をするとすぐに楽になるので中に入ると、また気分が悪くなる。

騙しだまし時間を過ごし、何とか最後まで席にいて、自分の車に戻ると動悸の余韻と肩の力の抜き方が分からないという変な感じは残りましたが、体調的には何ともなくなる。

症状から察するに、これはパニック発作なのではなかろうかと思いました。

体調は落ち着いてきているはずなのに、帰宅する車の中、得も言われない不安が付きまといます。ほぼ無意識に不安を言語化しようとしていたのですが、そうしようとすると不安が形になって襲ってくるようでした。

休みながら、逃げるようにして帰ってきました。1時間半ほどかかって帰宅し、ようやく妻と飼い猫と祖母の顔を見て落ち着きを取戻しました。

すると疲労が押し寄せてきましたが、妻に僕が体験したことを話し、なぜこのようなことになったのかを考察したので記録しておきます。

※何らかの診断を受けたわけではありません。誰にでも起こり得るパニックを自分なりに観察した記録で、言うなればただの自分語りですのでその点ご了承ください。

今のところ病院へ行く予定はありませんが、パニック発作などで悩んでいる方はぜひ病院へ足を運んでください。

僕が今回得た教訓は、不安や自信喪失が重なるとヤバいってこと。

パニックに陥りやすい場所について考察することは有益であること。

これらを言語化するのは辛いけど役に立つかもしれない、ということ。

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パニックの裏に不安がある。猫の心配と事故

なぜこのようなパニック状態に陥ったのか、心当たりがありました。

そもそも、呼んでくれた友人には悪いけれど披露宴に行くのが大変憂うつでした。なぜなら、披露宴へ向かう前に一悶着あったからです。

その日は猫が膀胱炎かもしれないと感じた日でした。トイレに行くけれどおしっこが出ていない。出ているようだけど数滴尿を出すだけ。

何度もトイレに行っては出ないを繰り返して可哀想でした。猫は尿路系の病気にかかりやすく、命に関わることもあるため、楽観できない症状でした。

最寄の動物病院が休診で電話もつながらず、もう少し先にある動物病院へ足を運ぶことにしました。

その道中でスリップし脱輪、路肩に落ちました。病院は14時までの診療でしたがその時点で既に午後だったため、間に合わなくなる可能性が浮上しました。

幸い単独事故で、ケガも車へのダメージもなく、引き上げてもらいさえすれば良かったのですが、連絡がついた自動車整備工場が来るまでに40分ほどかかりました。

その間、猫は車の中にいるわけですから、気持ちが焦りました。僕も車外にいたので、今考えれば身体的にも疲労が溜まっていたのだと思います。

家の猫はただでさえ車をとても怖がるので、車内にいる間は鳴きっぱなしでした(事故が起きて車が動かなくなると落ち着いてたので良かったけど笑)。ストレスをかけてしまっているという申し訳なさもありました。

結局病院へは行けず、膀胱炎については分からず、翌日は日曜でどの動物病院もお休み。牽引してもらった請求額は未知という宙ぶらりんの状況で、披露宴に向かわなければならなかったのです。

パニック発作が起きやすい性格があるのかもしれない

自分で言うのもなんですが、僕はよく観察をする人間で、加えて文章を書く習慣があるので、見たものの意味を繋げるのが得意な方だと思います。

誰かの発言や振る舞いについて、自分がこう思ったとか、こう感じたということを意識するのが習慣となっています。

これはもろ刃の剣であって、例えばこうして文章を書く際には少々役に立つかもしれませんが、精神的に弱っていたりするとネガティブな反応が止まらない状態になりがちです。

自分に入ってくるあらゆる情報が毒のようになり、強い疲労感となって襲ってきます。

パニック状態に陥った原因にはこのような僕の性質も大きな要因の一つだったと思います。

加えて、僕は大勢が集まる場所がそもそも苦手であります。披露宴のような社交的な場となればなおさら。大きな音楽や声が溢れるのも僕には刺激が強すぎるようです。

話し声、食器の音、音楽の演出、音楽に合わせて歌ったり踊ったりするひょうきんな人、スーツの拘束感、式次通りに進む時間。これらがすべて脅威的なものに見えました。

ほんと、呼んでもらってこのようなことを書くべきではないと思いますが、苦手なものは苦手だということははっきり認めても良いのかもしれません。少なくとも、パニックが起きた状況のことをこうして記録しておくのは再発を防ぐためにも有益と思います。

今回は、なにより猫の心配があったので家で見ていたかったというのが一番大きかったと思います。

自分が浮く場所とパニック

人の輪に入らないまま生きてきました。

そのことについて、以下の記事も自分語りで恐縮ですが、興味のある方は読んでみて欲しい。

高校でぼっち飯生活を選んだ僕が守ったポジションと後悔について

披露宴に呼んでくれたのは野球部の頃のチームメイトだったのですが、僕は正直野球部のメンバーの中に入ることもできない。

そういう自覚があるので、そういう意味でも、披露宴に行くのは憂うつでした。

野球をしている間は野球があったので良かった。野球をしている間は野球をしていることがチームの一員であるのに十分な資格でした。

しかし野球という共通点がなくなり、ただの男性の輪となったとき、僕はその場で浮いているということを強く自覚しました。みんなのことは基本的に好きなのですが、どうも、隔たりを感じます。

旧知の間柄としてだけでなく、社会人としてもあまり共通の話題がありません。

仕事収めがいつだとか、年始はいつからだとか言う話もついていけない。僕には仕事収めも年始もない。

僕は比較的特殊な仕事の仕方をしていると思います。在宅のライターで、田舎に引きこもり、少数のクライアントさんからお仕事を貰っています。

今現在何とか仕事はあるけれど、いつなくなるか分からないという不安はある。もうすぐ子どもも生まれるというのに。いや生まれるからこそ、不安は大きくなっている。

自信を失うこと、心が弱ること

誰に会わんとならんとか上司に怒られるとか何時に起きなきゃならんみたいなものがないので気楽と言えば気楽だけどストレスフリーってわけじゃなくて、先を思うと不安はある。

この不安は、猫の心配とちょうど重なっている。

猫が病気かもしれないと思うだけで心が恐ろしく弱っていました。

病院にも連れて行ってあげられなかった。絶望感みたいなものがあり、そのまま自分が浮く場所にいくと、一気に自信がなくなりました。

なんか、僕が抱えている「嫌」とみんなが抱えている「嫌」って質が違って、僕はみんなが耐えて、今では慣れて上手にいなしてる「嫌」を避けて一人に固執している気がしました。

そういう頑固さが、僕を下等なものにしている気がしたのです。

僕は普通に嫌なことを避けて生きてきただけなんだけど、みんなが嫌と同居して安定し始めているのに、僕だけが不安定なまま生きているという感覚がある。

こんな僕が、奥さんをもらって、子どもを作るなんて真っ当なことをして良いのか?という負い目のようなものがある。

式が進み、新郎の職場の上司が「彼は将来有望で」と話す。新郎の可愛い欠陥をみんなが笑う。同僚が余興を披露している。出来栄えから察するに相当練習を積んだことが分かる。

ああ僕はどれもないなあと思う。僕の将来を嘱望してくれる上司も、時間を取って余興を考えてくれる同僚もいないなあ。僕の欠点を笑ってくれる人もいないなあ。僕の欠点はタブーになる。僕が選んできた孤独は、相応の代償を僕に強いているのだと思う。

それでも僕の式に足を運んでくれた友人や家族、スピーチをしてくれる友人も惜しげもなくお祝いしてくれる人もいるのだから何もないなんてことはないのだけど、そういうことをすっかり忘れる夜でした。

人の輪に入らないことを選び続けて、積み上げてこなかったものがたくさんあるということを自覚する夜。相当弱っていました。身体も疲れていました。

自分が積み上げたものが他人にとって無価値

みんなが積み上げたものを避け、その代わり積み上げてきたつもりのものはそれほど大きなものでもなければ、羨ましがられるようなものでもない気がしました。

例えば書き続けてきたこのブログは読まれる回数が増え、今や少しお金を運んできてくれるようになりました。

大切に積み上げてきた結果だと思います。それ以前に、ライターの仕事で文字単価0.5円から3円まで積み上げてきたことも、誇って良いことの一つと思う。

文章で生きてきました。書くこと、考えること、調べること、人の話を聞くこと、体験すること。それらと書くことを繋げて生きてきました。

だけどこのブログを読んでいる友人はあの場に一人もおらず、僕の価値観や思考に興味がある友人もいないようでした。

そんな観念に囚われると、なんだか自分が大事にしてきたものと、かかけてきた時間が空虚なものに思えました。

もしかしたらみんなの2倍、3倍とお金を稼いでいれば自信を保てたのかもしれませんが、そんなこともありません。ついついそんなことを考えてしまいましたが、その発想がそもそも浅ましいなと思いました。

ああ、誰かに肯定して欲しいなあ、僕を認めて、一目置いてくれたら良いなあ。言葉にすればそんなことを僕は考えていたに違いないです。

着々とステージを駆けのぼる友人たちと変わり映えのしない僕

みんなが積み上げてきたものを僕は積み上げていないということは、披露宴中、視覚から確認できました。圧倒的にお金を稼いでいれば、と考えたのもここに原因があると思います。

みんなが身に付けているものが少しずつグレードアップしていることに気付いたのです。

スーツはそれほど変わらないけれど小物やインナーなどは小まめに買い換えている様子でした。時計が目立ちました。安すぎず高すぎない丁度良いグレードのものを選んでいることが分かりました。みんな暗黙の裡に、身に付けるべき物のグレードを察知しているようでした。

誰もその少しグレードアップした持ち物に言及することはないけれど、見ているはずでした。

人はむしろ同性の前でこそ身だしなみに気を使うという傾向があると思います。

きっとそれは人のグレードを評価し合うからです。ランク付けをするのに必要だからです。

ああ社会において積み上げるものってこういうことだよなと思いました。

僕は身に付けるものにほとんど興味がないので、だからと言って何かを買ったりはしないんだけど、そういう風に一つひとつ分相応を身に付けていって、社会で認められる存在になるのかもしれないと思いました。

そういうものを積み上げていない僕は、その場で最下層に位置しているようでした。

からかわれない僕はまるでゲストである

みんな立派に社会で積み上げているのに、口に出すのは髪の毛の心配だとか、体型の心配だとかです。

褒め合うより貶し合うことで友情を育むのも傾向の一つで、僕はそれが上手にできない。

みんなが体重を聞き合い披露している中、僕は聞かれない。僕は貶す対象ではないからです。

有体に言えば、それほどの仲じゃないのでした。僕も太ってきたのに。僕は仲間というよりいつもゲストのような扱いを受けます。最下層だからこそ、貶し合うレベルにいないと判断されるからこそでした。疎外感。

大げさに言えば、ですが、僕は誰からも相手にされていないという感覚を持ちました。これを自覚し、書くのは辛い。誰にも認められないということに気付くのは辛い。

ところで、隣にいる友人が、最近尿が近いのだと言っていました。

「出ないよりマシじゃね。でなくなると腎臓がヤバいらしいよ」「出ないのはヤバいよな」

僕らはそんな会話をしましたが、当然、猫のことが頭にありました。おしっこが出ないとヤバい。そんなことを考えていました。常に猫の心配がありました。

不安と、不安故に強く感じる疎外感と、疲労から来る刺激の強さに打ちのめされはじめていました。あまりにもたくさんの情報が重なっていました。

その頃、猫の様子を見てくれていた妻から、無事におしっこができたという連絡が入りました。妻はこんな風にいつもタイミングよく僕を救ってくれます。妻と僕は息が合っているという感覚があります。

しかしこの直後、気が抜けたのか、急激に体調が悪くなりました。

劣等感から逃げ続ける。逃げる理由がなくなりパニックになる

みんなとても良いヤツなので不快なことをするような人間ではないのですが、彼らにとって僕が不快な人間になってしまっていることが辛くてたまりませんでした。

僕は二次会に行かないけれど、いつも「行くよね?一緒に行こう」って言ってくれる。

「ごめん行けないんだ」って言うけれど、僕が単に「行きたくない」のだということは見透かされてる。

僕はそういう社交的な場でいつもノリが悪い人間だし、みんな一応は誘ってくれるけれど期待もしていないんだろう。でもたぶん、行くって言ったら普通に喜んでくれる。

本当にみんな優しいのだけど、その優しさが歳を取るにつれて他人行儀になり、社交辞令の趣が強くなる。みんな僕を置いて大人になっていく、という感じがする。

僕はそういう劣等感から逃げることばかり考えている。もし二次会に行けない理由を聞かれたら、猫の話をしようと思っていました。

もしかしたら、考えたくありませんが、猫の体調が大丈夫そうだと知って、帰らなきゃいけない理由がなくなってしまって、僕はパニックを起こしたのかもしれません。

なんて弱いのでしょうか。嫌になってしまいます。

あらゆることがダメージになる日

僕は僕の道を歩んでおり、僕なりに積み上げたものがあって、妻とか猫とか故郷とかを大事にしていて、そういうものについて考える日々を送っている。

それで良いはずなのに、なんだかあらゆるものが心許なく感じる夜でした。人に認められないと揺らいでしまう程度のことだったのでしょうか。僕の自我はそれほど弱々しいものだったのでしょうか。

自分で覚悟を持って今の道を歩んでいるのに、周囲に認められないということを自覚した途端自信がなくなってしまう。

なさけなく、覚悟が足りず、パニックを起こして帰りました。事故の記憶があるからか、肩に力が入りっぱなしでした。

体調は随分よくなっていましたが、こんな風に文章を考えるともなく考えていたので、冒頭でも書いた通り不安が形になっていくようで、帰り道が長く、家に辿りつける自信がなくなりました。

パニック発作の特徴に、不安があると言います。

確かに不安でした。このまま倒れてしまうのではないか、頭が破裂するんじゃないかという観念に襲われるのです。

もしものことがあったら病院へ駆けこめるよう街の方を通って行こうか、それより早く帰って妻と猫に会わなきゃダメなんじゃないか。

そんな葛藤を抱えながら、今頃盛り上がっているはずの二次会から逃げるように車を走らせました。

路肩に落ちている車がありました。人はおらず、コーンで囲まれていて、恐らく翌日まで放置しておくことになった車でした。近くで警察がスピード違反の取り締まりをしていましたが、その車は放置されていて、そのことが不思議でした。

その車と、昼間の事故の記憶、何より自分自身とが重なりました。

脱線している。脱落している。脱輪している。そんなメッセージが溢れていました。

あらゆるものにダメージを受ける夜。恐ろしく眠いのに身体の力の抜き方が分からず、暑くもないのに上着を着ていられませんでした。

とにかく無事に帰らなければと思ったのでした。

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