『パイナップルの花束を君たちに』~彼らの大人になれなかった部分~(1)

アドリブ小説を公開する

創作物を公開します。

展開は決まっていません。

たまに「ハル先輩」がやってきて、適当な設定をぶちこんでいきます。僕は頑張ってなんとか筋の通ったお話を作り続ける、という遊びです。

「ハル先輩」と「アドリブ小説」についてはこの記事を読めば何となく分かるかもしれません。

「ハル先輩」という、僕のとても面白くて退屈な日常に割り込んでくる「天災」の話

校長が「この校舎には君たちの思い出がいっパイン」とやらかした酸っぱい悲劇の負の遺産 (ハル先輩)

(序)

「えー3年生は5限もここなー。3年生、聞いてくださーい。次の現国もこの教室使いまーす。食器下げたら黒板の近くにかたまって待っててくださーい」

突然の予告に少しだけざわつく多目的教室。1、2年生からは羨望のような、3年生からは不審の様子が声に表れた。

教え子の不審を感じ取ったヤブサカは説明不足に気付いたのか「あー机の形はそのままで良いからな。黒板に近い二つの島を残して片づけするぞー」と付け加えながら、自分の食べたものを下げに立つ。合わせて何人かの生徒が席を立つ。

全校給食の日である。

1年生から3年生、そして教師を含めても50名に満たない規模の町立芽生中学では、月に一度のこの恒例行事を二教室分の面積を持つ多目的教室で行っている。

すべての学年がシャッフルされた上で座る席をくじ引きで決めるこの日は、先輩後輩が食事の席を共にする。全校給食を楽しみにしている生徒は多く、週一でも良いという声もちらほら聞こえるのは教師にとっても嬉しい反応だった。

ごちそうさまでしたと声を揃え、それぞれが立ち上がりかけたときにヤブサカの先ほどの連絡である。

一瞬だけ空気がどよめいたが、ヤブサカが話し終わると椅子を引く音にはじまり、食器が乱暴に重ねられ、空になった食缶にオタマか何かのぶつかる音が短い間隔でほとんどかたまりのように響き、それが止むとまだ通奏低音のように流れる不審げな、不満げな声がその場に留まっているのが分かった。

「あ?まあなんかビデオでも見んじゃない?」

「昼休みは?」「さあ」

「すまん、サッカーいけねえわ」

「せんせーい。トイレ行っても良いですかあー」

「えー自由時間はあとで取るから、とりあえず今はどこも行かず待機してくださーい。あ、トイレは早く行ってきてくださーい。先生もちょっと準備あるから、3分くらいで戻ってくるから」

「これなんだか分かりますかー」

ヤブサカはパイナップルを丸ごと紙の袋から出して言った。

「はい笑わなーい」

ヤブサカの質問は質問の体ではあったが生徒らがその答えを知っていることは明白だった。

彼が聞いたのはもちろん、それがなんという名の果物であるかではなく、自分たちにとってどんな意味のある果物なのかである。

そして欲を言えばどうしてこれがここに、こうしてあって、そしてちょっといつもとは様子が違う現国の授業が展開されているか、心当たりのあるものはいるかということだった。

そしてそれにはうまく答えられる生徒はいなかったので、意地の悪いクスクス笑いが多目的教室に響き、各々目と目で会話はしているものの、誰もかれも無言だった。

「熟れてるのが分かるか?匂いする?そうか。後で食べるか」

「それ、なんですか」

勇気のある男子が口を開いた。

もちろんこの男子生徒が聞いたのもその果物の名ではなく、なぜヤブサカがその果物を持っていて、なぜ今、一風変わった現国の授業が始まろうとしているのかということだった。

ヤブサカはこれに答えを持っていた。

「このパイナップルを、先生は昨日の夜中、体育館で見つけました」

教室がざわつく。生徒は明らかに混乱しているようだ。あのパイナップルがどうして出現したのか。そもそもなぜ、ヤブサカが夜の体育館に行く必要があったのか。そして、それが自分たちと何の関係があるのか。

「あれからずっと体育館にあったっていうことですか?」

先ほどの男子生徒が質問する。

「それは考えられません。これはステージの上の演台に堂々と聳え立っていました。あれからも体育の授業はあったし、誰かしら毎日見ていたはずですので、あったら気付かないわけがありません。だから、昨日、下校時刻を過ぎてから夜までの間に、誰かに置かれたものであることは間違いありません」

誰かに置かれたものであることは間違いありません、のヤブサカの言い方がもったいぶっているようで、生徒には不快だった。教師に様子を窺われている感じ、動揺を誘われている感じには反射的に反感を持ってしまう。

「それを置いたのが誰かのいたずらということですか?」

「そうです。しかし犯人は分かってます。証拠があるワケではありませんが、ほぼ間違いなく、校長です」

自分たちが説教に巻き込まれるわけではないと知ると、生徒は矢継ぎ早に質問を始めた。

また悪意のあるクスクス笑いが冷気のように漂っていた。校長が犯人、という耳慣れないフレーズを聞くと、彼らの緊張していた顔つきは弛緩し、口元や目元に好奇心の歪みが現れた。

ヤブサカは彼らの質問の一つひとつを把握した。どれもこれも想定内の質問で、聞かれなくとも説明しようと考えていたことである。問題は順番である。

ヤブサカは自分の都合の良い順番で質問を拾い上げた。

「えー実は先生方、今週から交代で宿直をしています。夜に体育館に行ったのは、あまり理由らしい理由はありませんが、見回りみたいなものです」

「怖くないです。基本的に二人、そしてたいてい残業の先生がいるので最低3人はいますから」

「校長が校長室から出てこなくなったからです」

「そうです、月曜からです。だから、あれから先生がた交代で食事を運んでます」

それにしても。

ヤブサカは目の前のクスクス笑いと、自分が手に持っている熟れたパイナップルの甘ったるい香りにムカつきを覚えた。

「子供じゃないんだから…」と誰か、女子生徒の誰かが言ったのをきっかけには耐えきれずヤブサカはついに「お前たちのその人を馬鹿にしたような態度に、先生はむかっ腹が立ってしょうがないんだ」と唸った。

嘔吐するように、苦しげな雑音を伴って流れでた。

多目的教室は静まり、静まると、ヤブサカには急に部屋の面積の不必要な部分が目につき、肌寒さが身に染みるような気がした。

一言で子供たちの余分に放出し続けているカロリーと慎みを知らないオーラの両方を奪ってしまったことに気付いたヤブサカは、慌てて取り繕うように気だるい声を作り言った。

「お前たちなあ、そういう態度だから校長先生、引きこもっちゃったんだぞ」

教師の気配に敏感な子どもたちは、ヤブサカがシリアスさを引っ込めたことをちゃんと感じ取り、詰めていた息を吐きだしたようだった。

「え、なんだよそれ俺たち関係ねえじゃん」と笑う少年の一言をきっかけに、教室の温度はまた少し上がり、人口密度も適切な値になったようにヤブサカは感じた。

「ばっか、あるんだよ。お前たちあのときもザワザワしてただろ。わざとらしく大きな拍手したヤツがいるのも知ってる。露骨にくだらなそうな顔で校長を凝視してたヤツがいるのも知ってる。だいたい全員がそれぞれのやり方で、校長を馬鹿にして笑ってただろ」

「いやいやいや普通に拍手しただけじゃん!てかさすがにアレは校長が悪くない?」

「思い出がいっパイン…」

クスクス笑いと呼ぶには少々強すぎる笑い声を聞きながら、ヤブサカはまたしても理性が柔らかく小さな指ではがされていく感覚を味わった。

「お前たちねえ、校長だって本気でウケようとしてあんなこと言ったんじゃないわけよ。校長がボケたら、それも小道具まで使ってさ、ボケたらさ、暖かく見守ってやるのが大人なんじゃないのか」

「いや、俺たちまだ子供だし」

「そうだな、そうなんだよ。でもな、お前たちの何が子どもかって、子どもなら多少のことは許されると思ってることと、先生や、お父さんお母さんのことを大人だと思ってることだ」

「大人は大人じゃん」

「さっき、文美だったか?校長先生のこと、子どもじゃないんだからって言ったと思うけど、誰だってまだまだ子供な部分って残ってるもんなんだよ」

「みんなそういうの隠して生きてるけど、ちょっとしたきっかけで出てきてしまうこともある。それが今の校長だ」

「結論から言って、校長どんどん子ども化しています。今も歯止めが効かない状態です」

生徒たちはもうほとんどヤブサカの言葉を理解できていなかった。

難しい話ではなかった。しかし、いつもとても単純な回路を使って、子どもたちに分かるように話を組み立てていたヤブサカが、そういう子どもたちへの気遣いを取り外したのがあまりに不意のことだったので、誰もが先生はおかしくなってしまったと感じた。

しかしよく考えてみれば、普段父親や母親が話すのはこういう言葉だ。親に感じる距離より、教師たちに感じる距離の方が何となく近しく思っていたのは、教師たちが子供の回路に歩み寄っていたからだということに、何人かの生徒が気付いた。

その空気が教室に一種のムードを作りそして伝わり、もう誰もヤブサカの言うことに笑わなくなり、校長に起っていることが冗談ではないシリアスな問題だということを多くが理解した。

「お前たちもねえ、大人になれるチャンスっていうか、子どもじゃなくなるチャンスがあったらちゃんとつかみ取って置いた方が良いぞ。いやこれも先生が大人だから言うんじゃなくて、子どもの部分が言ってるのな。でもやっぱり先生はみんなの先生だから、みんなに教えてやりたいワケ。それで、急で悪いんだけど先生そのことみっちり教えたいんで、今日は学年レクをします。一日学校に泊まります」

誰も、何も話さなかった。

ヤブサカの少しだけいつもと違う言い回しと、急な話に、面食らった生徒が13人の多目的教室である。

「えー、レクと言っても学校でやる以上は勉強なので、先生課題を用意しました」

「いやいや待ってよ。泊まるって?学校に?」先ほど勇気を出して「それ、なんですか」と聞いた生徒が言った。

ヤブサカが答える前に、楽しそう、と囁き交わした生徒が数人。まだ黙っている生徒が数人。しかし声を発さない者もおおよそは突然の宿泊レクに心が躍り出している様子だった。

「泊まるって言ったら、泊まるってことだよ。今日の夜はここ、っていうか校舎内で過ごして、明日の朝帰る。明日土曜だろ?」

「急に、そんなこと」

「ん?なんか今日用事あったか?悪いけどあんまり時間ないんだ。さっきも言ったけど校長の精神的な子ども化が止まらなくてな、一刻も早くなんとかしないといかん」

「なんとかってなんですかー」子供じゃないんだから、の文美が挑発するように手を上げて言う。

「だから……、まだ分かんないかな、お前たちが大人になるんだよ」

「は?」

「いや、さっき歯止めが効かないとも言ったけどな、それ、あれなんだ、あのな、どうやらこのパイン、爆弾だったみたいでな。パイナップル爆弾でさ、時限爆弾だったんだよ。なあお前たち、おれが『檸檬』の話したの覚えてるか?梶井基次郎の。丸善の本屋で、積み上げた画集の上に檸檬を置いて、それがもし爆弾で、それを置いて外に出たら面白いだろうなって想像する話」

「え、先生?大丈夫?」優しい女子生徒が言うが、ヤブサカは答えない。

「この熟れたにおい、お前たちどう思う。パイナップル爆弾。おれダメなんだこの匂い嗅ぐと。どんどん、おれの大人げない部分があぶりだされる。でも誘惑がすごくてさ。恥ずかしいんだけどやたら懐かしい。あー、甘ずっばいなあ。多分それで校長、パインを手放したんだ。分かるか、お前たち。このパイン、良い匂いじゃないか?」

パイナップルを突き出すようにしているのか、自分から遠ざけようとしているのか、本人も判断はつけられなかったが、ヤブサカはパインを包む両手を思い切り前に伸ばして言った。

「い……い良い匂いだよな!みんな!あーちょっとこれ先生おかしいよ。先生?大丈夫?」

「ああ、ありがとう拓哉、思ってるより先生大丈夫だ。もともと昔から大人びた性格だった。まだ先生はマシなんだ。カマト先生とノウキン先生が今、保健室で休んでいらっしゃる。給食のときいなかっただろ」

いなかった…、保健室?と心細そうな声が湧く。

「時間がないんだ。多分今日でこのパインは完熟する。そうなったら先生たちは……どうなると思う?」

「分かったよ!いや分かんないけど、なんか分かった!ヤバいのは分かった。何すればいいんだよ先生!」

 

つづく

『パイナップルの花束を君たちに』~彼らの大人になれなかった部分~(1)

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