『パイナップルの花束を君たちに』~人を疑う気持ちにどうやって勝つのか~(6)

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前回のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~言って良いことと悪いことの区別はどうやってつけるんだろう~(5)

 

最初のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~彼らの大人になれなかった部分~(1)

 

アドリブ小説とは(記事の最後の方に簡単な説明載ってます)→「ハル先輩」という、僕のとても面白い退屈な日常に割り込んでくる「天災」の話

サスペンスフル・ミステリアス・パイナップル

「言い忘れてたけど、先生も地の文読めまーす。教師特権か?それとも現国の先生だからか?って思ってたけど、連も読めるみたいだからなんなんだろうな。これ何なんだろうな。はは、先生自分だけ特別って思っちゃって軽く万能感に浸ってたけど、連のカミングアウトがあってから自分だけじゃなかったって知って実は人知れずとても恥ずかしい思いしました」

教室のざわめきに、ヤブサカは耳を澄ませた。言葉にならない言葉までも、当然ヤブサカには聞こえていた。

ほんとに意味わかんない…、連も先生もどっちもキモい…、キモい人だけが見える何かってこと?ほんと、地の文ってなに…?ねー、キモいよね…。…いやそうじゃなくて。え、地の文の意味が普通に分かんないの?ほんとに?

「ちょっと待ってみんな。ていうことは、連と先生だけは直接会話しなくてもお互いに意思疎通が図れるってことだよね?」

ざわめきを抑え込むように、愛という名の女生徒がこう言った。

「そうなんだよね。そこなんだよ怖いのは」

それまで一人考え込んでいる様子だった大西が口を開いた。

「え、大西、怖いってどういうこと?キモいだけじゃないの?」

「そう、キモいだけじゃないんだ。その気になれば、先生と連だけは協力し合える。つまり連を敵にするか味方にするかで、今日のお泊りレクの難易度が格段に変わってくるということ。連は俺たちと行動を共にしながらにして、その情報をヤブサカ先生に送ることができるのかもしれないから」

「スパイできるってこと?」

「そういうこと」

「ん、どういうこと?俺たちと先生方は何か勝負をしてるの?俺全然そんな感じだと思わなかったけど」

「今日のお泊りレクの大きな目的は、俺たちが大人になることだ。具体的には大人たちをこども化させるパイナップルを先生がたから遠ざける。先生がたはパイナップルを求めあの手この手で俺たちからパイナップルを奪おうとするだろう。つまり俺たちは今日の夜、先生がたを監督する立場になる。大人げない先生がたを大人しくさせ、同時に俺たちは先生がたを救うべく、完熟する前にパイナップルをこの世から消すことを目指す」

大西がこれまでの経緯を復習するかのように言った。この説明的なセリフは、作者が頭の中を整理するためでもあり、読者が今どうなってるのかを分かりやすくするための工夫である。大西は各方面に気を遣ったのだ。

「つまりこれは一種のレースなんだよ。タイムリミットはこのパイナップルが完熟するまで。完熟するとどうなるかは分からないけど、多分良いことは起こらない。それまでに俺たちはパイナップルを求めて彷徨う大人たちをやり過ごしながら、大人げない大人を攻略しなければならない」

「なるほど…、じゃあスパイがいるってのは確かにあんまり良くないかもな。でも、地の文が読めるなら、どっちにしろヤブサカから俺たちの行動は丸わかりなんじゃないか?」

「そう、そうなんだ。でも俺たち、地の文が読めるってどういうことかよく分かってないだろ?俺たちのどんな思惑が読まれて、どんな行動が読まれるかを俺たちは知ることができない。でもヤブサカ先生と連はもしかしたら意識的に地の文に介入できるのかもしれない」

「やばい、よく分からないけど確かに面倒臭そうだ。有利ではないってことだよな?」

「そう、それに、さっきヤブサカ先生が言ったことが引っかかる。先生は地の文が読めるのは自分だけだと思ってたけど、しばらくそれ言わなかったよな?それに地の文が読めるのが先生だからでもなく、現国教師だからでもないとしたら何なんだろう。地の文が読める人と読めない人の差は何なんだろう。もしかしたら黙ってるけどまだ地の文が読める人がクラスにいるかもしれないってことにならないか?」

「え、いやいや、俺は読めねーよ?地の文ってなに?って感じ」ある男子生徒が言った。

「それも嘘くさいよね」

愛という女生徒が男子生徒の方を面白そうに睨みながらそう言った。それから耳の横に手をあげて

「てか、仮にね、仮になんだけど、私思ったんだけど、もし私が地の文読めるとしても、さっきみんなでキモいキモい言っちゃったしもう口に出す勇気無いかも。この感じだとキモい人が地の文読めて、キモくない人が読めないみたいじゃん。自分で私はキモいですって言うみたいな空気になってんじゃない?」

「確かに!確かに言われてみればそうだ。言われるまでそんなこと全然気づかなかったけどこれもう完全に言い出せないわ自分からは」

「うわもうなんかどんな発言も嘘ついてるみたいに見えてきた!ちょっともうごちゃごちゃ考えないで正直地の文読めるって意味分かる人手あげない?みんなが発言した以外のことがはっきり分かるよって人」

「え?」数人がそう発言した男子生徒の顔を見た。

「なんか、今の言い方って具体的過ぎない?」

「いやいやいや!地の文ってそういうことだろ?普通に国語の知識として分かるじゃん!」

ここでヤブサカが手を叩く。

「おいおいお前らー、友達を疑うようじゃ今日のお泊りレク本当に大変になっちゃうぞ?地の文読めるからって大したことにならないって」

場が静まり、誰もがヤブサカを見つめた。

さっきは圭太と連の言い争いを傍観していたのに、今度はそうそうに切り上げようとした。その意図は何なのか。やはりあまり地の文が読める人について考えるのはヤブサカにとって不都合なのか、本当に大した問題じゃなく時間の無駄なのか、生徒たちには判断できない。

もしヤブサカにとってこの話を進められることが不都合なら、ぜひこの話を続けなければならない。誰が地の文を読めて、誰が読めないのかをはっきりさせなければならない。でもどうやって。

大西が口を開く。

「確かに。それがどんな悪影響を及ぼすかはまだ分からない。考えるのは何か問題が起きてからでもいいかも。何も起こらないかもしれないし、実際に俺たちがやること自体は単純だから考えすぎも良くないかも。先生の言うとおり友達疑ってたらできることもできないしな」

全員が大西の言うことに納得している風だったが、だからこそだ、と考える者も何人かいた。

だからこそヤブサカが自分たちの議論を止めたのが不自然だった。先生にとっては自分たちが分裂し、お互いを疑心暗鬼にした方が得なんじゃないのか。いやでも、ヤブサカが自分たちにパイナップルを食べちゃって欲しいと言ったのも本心だとしたら、パイナップルを求めつつ、パイナップルから解放して欲しいという気持ちがあるということかもしれない。

パイナップルに完全に支配されているワケではない今の状態では、助けてほしいという気持ちが勝ってる。だから自分たちの議論を止めた?

それに、レクの課題とは関係なく、地の文が読めるヤツが傍にいるのは嫌だ。思わぬところで漏れてしまう何かがあるかもしれない。

また、中にはこう考えてしまう生徒もいた。

なぜ大西は頭がキレるのに、わざわざ場を混乱させるようなことを言った?こんなことを口にすればみんなが疑心暗鬼に陥ることは分かりそうなものなのに。そして話題を口にしておきながら自分から率先して議論を切り上げようとするのもおかしい。

ヤブサカが誰にも見えないように笑う。

連もずっと黙っている。

2人の考えていることは分からないが、二人はみんなが考えていることが分かる。

大西がまた黙り込んで、何か考えようとしている。いくつかのキーワードが頭に浮かんでは消えしている。連は耳を澄ませる、目を凝らす。目と耳の途中のような感覚器を使って、大西の思考を覗こうとする。

鐘が鳴った。

大西の思考が止まった。

時計を見るともう6時限目が終わる時刻だった。いつの間にこんなに時間が経っていたのか。放課後、学校はどうなるのか。先生がたはみんな敵?

疑心暗鬼のまま、場が止まる。一度意識した時計の針は大きな音を立てて無情に進む。

パイナップルの匂いがしてくるような気がした。針が音を刻むたびごとに、完熟していくのが分かるようだった。

廊下に耳を澄ませば、先生がたがこちらに向かってきているような、そんな気もした。

 

『パイナップルの花束を君たちに』~人を疑う気持ちにどうやって勝つのか~(6)

続く

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