人生には波がある/「波に乗る」と「流行に乗っかる」の違い

なぜか人生には波がある。

なぜかうまくいくとき、どうしてもうまくいかないとき。

それは自然の力であって、雨の日もあれば晴れの日があるというのときっと同じこと。ハレとケと言ったりもする、陰陽思想かもしれない。表があれば裏があるとか、そういう話かもしれない。

蛇の蛇行も鳥の羽ばたきも波である。

さゆうにうねり、落ちる上るを繰り返し進んでいく。

物事が推進する力は差異によって生じる。

人生の波と言うとき、ほとんど自分の力は及ばない、とも思います。

自然に上り調子のこともあれば、自然に下り調子のこともある。

とにかく人生には波がある。

何故か上り調子と下り調子がある。

このことをよく理解する必要がある。不思議な話だけど、必ず波がある。

ところがここのところふと「せっかく波が来てるのに乗り損ねるってことがあるんじゃないか?」と思うことがあります。

自分だけは良い波に乗り損ねて、行きたいところにも行けないし、乗ったとしてもビビってるから波の低い部分でぽちゃんと跳ねてへらへらしてしまう。

具体的な話をすると、最近動画の投稿を始めた。

いろいろ勉強して、自分の目的と示し合わせて、ルーティン動画や日常動画なるものがあると知って真似して作ってみたのだけど、作ってから波に乗り遅れたかもしれないと思いました。

そう言えばはじめてルーティン動画の存在を知ったのは一年とか前だったような、と思ったら、なぜ一年前にしなかった!と思った。

でも日常と言うにはちょっと特殊な日常だからまだ可能性はあると思ったけど、どうなのかな、あまり自信がないな。

とにかく頑張って作って公開したのが平成最後の4月30日。平成最後を全然意識してなかった。

世の中が平成最後、明日から令和というなんだかちょっと浮き足モードになっているところにこんな動画を投下するのは悪手だと思った。

そもそもどんなタイミングだって認知されていないのだからあまり変わらなかったかもしれないけれど、この空気の読めなさというか、自然にタイミングが悪いってなんかやっぱり波に乗れてない状態なのかなと思いました。

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波に乗ると流行に乗っかるの違い

でも僕よく考えてみました。

流行に乗っかることで波に乗りやすくなるけれど、波に乗ると流行に乗っかるはそもそも全然違うものだよな、と。

ルーティン動画っていうものがyoutube内のコンテンツとして幅を利かせていたのにはびっくりした。こういうのが流行ってるんだ、って思って真似をした。これは流行に乗っかろうとした。

なぜなら、波に乗りたいと思ったから。

でも、流行に乗っかることは意識的にできるけれど、波に乗るってのは意識的にできないんですよね。

流行に乗ることが波に乗ることだと思い込んでいたけれど、それはイコールじゃない。

だから、何にせよ待つことで、もしくはこの場合同じ意味だけど続けることで、僕は僕の波を迎える日が来るかもしれない。

何故かうまくいくこと、なぜかうまくいかないこと。

あらゆることに因果関係や合理的な理由はあるのかもしれないけれど、少なくとも個人の感覚では「不思議」としか言いようのない波は、淡々と日々を繰り返しながら待つしかないように思う。

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