小説を書く動機と原動力、小説が読みたくなるきっかけと理由

この記事は

「小説とは何か?」を具体的に考えるための25の質問

という記事のうち

小説を書く(読む)上での、あなたのガソリンはなんですか?

という質問に答えた自問自答記事です。

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小説を書く意味も意義もなくても構わないと思ってるけど、なぜよりによって小説なのだ、と思うことがある

なぜ小説なのだ、と思うことがあります。

僕が時間をかけて作り出したいものがよりによって小説なのはなぜなのか。

小説は売れない、小説は仕事にならない、小説が書けると言ったところで役に立つヤツだとは思われない。小説は無用である。

いや、小説だってお金になる人はなる。だからこんな風に小説を責めるような言い方をするのはおかしい。だけど小説、書いても報われないよなあ、と思う日があるのは事実なのです。

それでも、お金にならなくたって役に立たなくたって、小説が書きたくなるのだから仕方ない。小説をつい読んでしまうのだから仕方ない。

それって役に立つってことなんじゃないの?少なくとも自分には、価値があるってことなんじゃないの?そんなことを言って慰めにかかる人もいるかもしれない。

僕の中の誰かが「釈然としない!」と叫ぶ。

小説が役に立つかどうかなんてどうでも良いんだ本当は。

友達は役に立つから友達か?空の色に意味はあるか?

価値を見出すことができるかどうかはどうでも良くて、そりゃどんなものにも意味づけは可能だし、言うなれば意味づけこそが物語であり、小説を読んだり書いたりすることに意味はあるか?と問うのは、意味づけをする意味を問うているようなもので、かつ生きている意味はあるか?というようなもの。

ただあること、ただ触れること、ただ心が動くことが喜びのすべてで、僕はただ、意味もなく生きてるから生きてるのと同じくらい自然に、小説と親和性を持っている。それだけのこと。

小説を書く動機・原動力

小説を書く動機ってなんなんだろうってこないだ考えてnoteで書きました。

「ワンシーンの共有」というのが僕がもっとも強く望むところですね。

それだけの話なのですが、良かったら覗いてみてください。

 

 

わざわざ小説を読むのはなぜだろう?

面白いコンテンツが溢れてるにも関わらずわざわざ小説を読むのってなんでだろうなと感じることがあります。

はっきり言って小説には退屈なものも多いし、手っ取り早く楽しみたいならyoutubeとかアニメとか、エンタメに特化したコンテンツはたくさんある。

これらにも退屈なもの、自分に合わないものはあるけれど、その見切りが早くできるのが魅力ですよね。

少々じっくり創作物に触れたいと思ったときには映画を見れば良いし、わざわざ時間をかけて小説を読むのって不思議。だから小説にこそ求める何かがあるんですかね。

今日はそれが何なのかって考えたくてこの記事を書いてるのですが、結局理由は分からないです。

習慣みたいなもので、散歩に出かけてなんか楽しい気分になるのと同じくらいの感覚で本を開く。星を見たり、BBQのために火を熾したり、土いじりしてたら楽しくなったり、なんかそんな種類の楽しさですよね。

人と話したあとに小説を読みたくなることが多い

人と話したあとに小説を読むたくなることが多いです。

それも大勢でお話しをした場合に多いような気がします。

飲み会とか、そういう場面のあと。

きっとコミュニケーションに対して不完全燃焼を起こすのだと思います。

ざっくり言えば、僕は大勢で話す場面ってのがストレス。音量が大きいし、居酒屋とかだと一文ずつのやりとりというよりはガヤにガヤが重なり、売り言葉に買い言葉みたいなのの応酬、ツッコミとボケ、場のための会話、そういうものが大半を占めると思う。それがストレス。

だから帰ってから小説を読む、ということが多い気がする。

 

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