対面コミュニケーションのテンションの高さって謎だよね

two women sitting on chairs beside window表現力の向上を目指して
Photo by Christina Morillo on Pexels.com

実際に人と会って何か話すとき、多分ナチュラルに笑っていたりすると思う。

基本的に笑顔というか、笑顔とまでは言わなくても「起きてる表情」をしている。

だけど例えばこういうブログを読んでいるとき、あなたは実際に人と話すような顔では読んでいないと思う。

僕は本を読むことが好きだけど、読んでいるときの表情はほとんど死んでる。人と会って話すときのような表情はしていない。内容が面白くても、実際に笑うことはほとんどない。

これが謎っていう話。

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実際にコミュニケーションにおける感情の動き方はハードルが低い

普段作り笑いをしている意識というのはほとんどない。たまに今自分作り笑いしてるなーって自覚することがあるけれど、自覚することがあるということは自分の中でナチュラルな笑顔で人と接している場合と、そうじゃないことの区別があるはずで、ほとんどの場合僕はナチュラルな表情になっていると思う。

人と話すときは、特段面白い話じゃなくても、ごく平凡な話でも、自然に笑顔になっていたりする。ちょっとした軽口、噂話その他もろもろ、小説に書くようなエピソードには絶対にならないような何気ない会話のときでさえ、僕らは普通に笑ったりなんだりすると思う。

有体に言って、プロの作家が本気で書いた文章よりも、親しい人と「今日あったこと」とか妻と「娘の真似」をしていたりするときとかの方が面白い(率が高い、もしくは、面白そうなリアクションをしている率が高い)。

残酷な話だけど、無条件に表情と気持ちが高揚するのは、実際にいる人とコミュニケーションを取っているときなのだ、ということが分かる。

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コミュニケーションは最大の娯楽。だけど本を読む方が好きなのは

僕は人と話すよりも小説やマンガを読んでいるときの方が好き。

それは間違いないと思うんだけど、実際に生きている人と対面でコミュニケーションを取っているときの方がずっと、面白い率が高い。これは悔しいけど、自分のテンションの上がり方とか笑顔の頻度を客観的に評価すると、そう認めざるを得ない。

内容は小説やマンガの方が絶対に面白い。だけど客観的な面白がってる率を計測すると実際のコミュニケーションの方が上になってしまう。

僕は人とのコミュニケーションが疲れる、と思っているけれど、それはそれだけ楽しいことだからなのかもしれない、と最近思う。スポーツをするのが無条件に面白いのと同様、疲れはするけど、コミュニケーションは面白い。

実際のコミュニケーションはそれだけ強い。

その上で、自分は一人で本を読んでいたりする時間の方が好きというのは、そういう強度を持つ実際の人間との対面コミュニケーションというのが、自分にとって強すぎる刺激だ、という意味なのだと思う。

WEBの生きている感じ

例えば動画や何かを見る楽しみの一つに、コメント欄を読む、というものがあると思う。

動画はそっちのけでコメント欄ばかり見ているということも珍しくない。

ニコニコ動画なんかは画面に字幕が流れていく仕様で有名だと思うけど、動画に対してリアルタイムでリアクションをして、それに誰かが答えて、みたいなコミュニケーションがあったから定着したのだと思う。

でもまあ、人がコミュニケーションを求めるってことや、そういう性質を利用した配信サービスが作られていることは今さら言う必要のないくらい当たり前のことなのかもしれない。

僕はそれでも、改めて、どうしてこんなに人とコミュニケーションを取るのは面白いんだろう?どうしてコミュニケーションは面白いって思うハードルって低いんだろうって思った。

対して文章は、どうしてもタイムラグがある。いつまでも残ること、複製可能なことが文章の強みで、その強みは絶対に捨て去られることはないと思うけれど、それを読んでいるとき、内容は既にかなり過去のものになってしまっていて、こちらのリアクションが空を切る。

実際のコミュニケーションが潜むメディアや媒体に、文章が簡単に負けてしまいそうだ、と思うと変な焦りがある。

僕が文章の何を背負っているというわけでもないけれど、変に焦る。

文章と融合するコミュニケーションの道

僕が進むべき道は二つに分かれている。

一つは、僕のように、実際のコミュニケーションは面白いことは認めるけれども、その刺激が強すぎて疲れてしまうと感じている人に向けて、淡々と文章を作っていく道。

もう一つは、文章というもの、もしくは文章を読むという行為に生きたコミュニケーションを組み合わせて、エンタメ化する道。

この方法は僕にはよく分からないし、多分向いてもいないと思うんだけど、道の一つとして考えても良いかもしれない。第三の道としてはこの両方の道を掛け合わすというか、間を取る道みたいな感じか。

ああそう言えば、僕はちゃんと見たことが無いんだけど、文章をリアルタイムに批評?するみたいな企画をラジオのような形式でやっていらっしゃる人がいたような気がする。もうどこの媒体でやっていたのかも忘れてしまったんだけど、面白そうと思ったっきり、まだ見ていなかった。

その場で感想を言いながら読むみたいな感じだったかな?要確認だけど、そういうことが今後求められるのかもしれない(僕はできないしやらないと思うけど)。

何か考えてみよう。

 

 

 

 

 

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