田舎の良いところは静寂。都会の良いところは匿名性。

発想と行動を記録する

田舎の良いところは静かなところだと思う。

虫の声が聞こえたり風の鳴る音が聞こえたり、ちょっと気分が明るくクリエイティブな日は星の瞬く音とか雪の降り積もる音すら聞こえそうな気がするのは田舎の良いところの一つ。暗いところも良いです。僕は眩しいのが苦手だし、夜はちゃんと暗くなってほしい。だから田舎は良い。

一方、良いところって言うなら都会の良いところは数え上げたらキリが無いほどあると思います。基本的には都会の方が好きかもしれない僕は。

特に都会の匿名性が好き。どこに行っても僕は名前の無い個人でしかなく、雑踏に紛れて、ただの景色になれます。人と人の距離が遠いです。擦れ違う人が何者かなんて誰も興味がありません。

田舎ではそうはいきません。ちょっと外に出たら知り合いがいたり、自分は知らなくても身内の知り合いとかで一方的に知られていたり、嫌が応でも名前を背負って出歩くことになる。正直僕は田舎のこういうところがけっこう辛い。

イベントやお祭りに僕は参加しない。人に会いたくない。人が嫌いなわけじゃないけど。むしろ人とお話ししたりするのは好きだけど、会いたくない。というか会われたくない。この気持ちを分かってくれる人はこのブログを読んでくれている人の中には多いと思います。

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旧佐藤医院に匿名性を

田舎に都会の匿名性を生み出せないだろうか。なんて思っています。

具体的にどうすればそうなるのかは分からないし所詮田舎でも無理な話だけど、少なくとも「コミュニティスペース旧佐藤医院」に関してはそうなれば良いな、と漠然と思っています。あくまで個人的な考えですけど。

旧佐藤医院
北海道士別市朝日町にある、コミュニティスペースです。元病院です。

良い意味で不干渉というか、来る人はできるだけ匿名なまま時間を過ごしてもらいたいなと。

仮にもコミュニティスペースという名を背負っていながらあるまじき思想だと思うんだけど、わりと本気で思ってる。

もちろん、実際には不干渉でいられないというか、性質上、よく来てくれる人とは「見知った仲」になると思いますし、それが嫌だとは思いません。

旧佐藤医院の雰囲気が好きだという人とは仲良くなりたいし、利用してくれる人の(できるなら)アシストしたいし、お話しもしたい。

んーだけどなんて言うかなー、これ書くの難しいんですけど、例えば第三者のこれまでまったく面識のない人が初めて旧佐藤医院に訪れます、ってなったとき、仮にそういう人と僕がいても「内輪感」を感じてほしくないというか。

でもそれじゃ「第三者」のために維持する匿名性ってことになっちゃいますよね。

二人称の「あなた」に対する匿名性も担保したい。あくまで「場」を訪れて、そこに付属品みたいな僕がいる、みたいな感じでしょうか。

だから、外で会ったら「旧佐藤医院」の中の関係性はリセットされてる、みたいな?

良い意味でよそよそしさを維持したい、という感じでしょうか。

もうちょっと言語化に時間がかかりそうです。なーんとなく言ってること分かるわ!と思う方がいると信じてる。

 

 

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