「考えさせられます」って言うとき、僕はだいたいなんも考えてない

タイトルがすべてなんだけど、「考えされられます」とか「考えさせられたなあ」っていうとき、だいたいなんも考えてない。まあタイトルの通りです。

こういうフレーズを使うのは、自分の生活や現実とは遠く離れた環境に置かれた虐げられた人々や、選択肢が乏しい人々を見たとき、厳しい自然のルールを突き付けられた世界を見たときなどが多い。

考えさせられるなあ、って、「られる」に表れる通り、決して自主的に考えることではないし、考えたいことでもない。しかし知ってしまった以上、何らかの心配りをしなければならないという感覚。

僕以外にも感想に困ったりすると「考えさせられた」とか言ってしまう人多いのではないでしょうか。

いや、本当に考えさせられるし!という人もいると思う。

こう、まだ言葉にはできないけど、なんかもどかしいなあとか、遣り切れないなあ、みたいな感覚になって、どうしようもない気持ちになるんだ、と。

今まで想像したこともなかったけど、自分の知らないこんな世界や現実があるんだと知って、対して今の自分はどうだろう?かなり恵まれてるんじゃないか?というような感覚に陥って、少しだけ罪悪感のようなものが芽生える。

つまり、繰り返しのようになってしまうけど、それを知った以上、これまでの自分とは違うはずなんだけど、現実的にどうすることもできない。

そこなんですよね。結局どうしようもないなあ、みたいな気持ちになる。

考えさせられるって言葉を発するときは、ちょっと考えたし気持ちの面では強く解決や改善やハッピーエンドを求めていたりするんだけど、同時に考えても無駄ってことが分かっちゃったりして、どうしようもなくて、いわばここで打ち止め、みたいな気持ちで言ってる。

だから何かという話でもありません。

タイトルがすべてで、それ以上でもそれ以下でもないのだけど、いわば、考えさせられるというワードに逃げがちな僕の精神性を目の当たりにして、なんだか考えさせられたという話です。

考えさせられると言うからには、少しでも具体的に考えてみよう、と思った次第でありますが、同時に、やっぱどうしようもねえよなあ、正直、心の底では興味がなかったりしたら、なんかモヤモヤっとするだけで特に深く考えないよなあ、という、変なループに陥ってる。

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