羽川翼の話をしよう/「完全に正しい」という異常な個性について

好きな作品と雑談

アイキャッチ画像は「偽物語&猫物語(黒)」Blu-ray Disc Box予告映像より
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

羽川翼が好きだ。

だから羽川翼の話をしようと思う。

『猫物語(黒)』のあらすじを追うので内容は盛大なネタバレになります。

未読の方はご注意ください。

なお、『物語シリーズ』は話しがどんどん進行して、キャラクターの性格や行動がどんどん変わっています。

この記事では、羽川翼の高校2年4月頃というごく限られた期間の、障り猫という怪異と関わっていた時期の話です。最新の羽川翼の情報ではないのでご注意ください。

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羽川翼とはどんなキャラクターか

化物語シリーズの中に登場する個性的なヒロイン達の中で、ひと際まともで、ひと際異常という稀有なキャラクター性を知るにつけ、だんだんと好きになるのが、羽川翼というキャラクターです。

羽川翼を崇拝してやまない少年であり、物語シリーズの主人公である阿良々木暦(あららぎ こよみ)の言葉を借りれば、羽川翼とはこういう人間。

羽川翼。十七歳。性別女。高校三年生。クラスの委員長。優等生。前髪を揃えた三つ編み。眼鏡。真面目、生真面目。善良。とても頭がいい。誰にでも公平に優しい。しかしそんな風にいくらかわかりやすい記号的な情報、キャラクター設定を言い並べたところで、あの例外的な彼女を表現できるなんて、僕はまったく、毛ほども考えていない。『猫物語(黒)』10p

キャラクター設定上の羽川翼はこの通りの人間で、実際に作品を読んでみても、このような紹介で間違っているところはないように思います。

一見すると、ある程度キャラクター的にデフォルメされた外見を有しているにしても、どこにでもいそうな、というかクラスに一人はいそうな女の子。真面目で優しい優等生。それが羽川翼です。

それどころか、「善良で頭が良く、誰にでも公平に優しい」なんて、ほとんどすべての人間が理想とする以前に、社会では基本的に身に付けているべき人としての善性だと言っても言い過ぎでないほどありふれた普通の個性で、本来個性と呼べるものですらないものなのではないでしょうか。

つまり羽川翼はひと際まともな女の子なのです。

しかし同時に、「例外的」でもある女の子。異常であって普通じゃない女の子。

この羽川翼と羽川翼にまつわる怪異現象がメインのストーリーとなる『猫物語(黒)』は、いかにして彼女が普通さやまともさを維持しているのか、そしていかにして猫の化け物と関わることになったのかという点がフィーチャーされます。

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羽川翼と障り猫

化け物退治や怪異現象の専門家である「忍野メメ」というキャラクターは、羽川翼をこんな風に評しています。

だけど阿良々木くん。――委員長ちゃんは普通じゃないだろう。その点についてはきみとは散々議論を戦わせてきたところだから、これ以上言い合いはしたくないんだけどさ――あの子はマジでヤバいんだぜ 『猫物語(黒)』163p

このあと、怪異の専門家である忍野メメをして、「怪異より怪異」だと言わしめる女の子です。

ところで、羽川翼が関わることになる怪異は「障り猫」という猫の怪異です。

本編に凡例としてちょっとしたストーリーが載っていたけれど、引用すると長いので、ここではさらに掻い摘んで説明します。

「障り猫」は尻尾のない猫の怪異で、道端で死んでいる尾のない猫を供養した善良な人間の善性につけこみ取り憑き、善良であるはずの宿主の体を使い暴れまわるという性質のものらしいです。

たまりかねてお祓いをしようとするんだけど、猫を供養した人間にはもともと猫なんか取り憑いていませんでしたよっていうのが話のオチの怪異譚なんだそう。

「不条理落ちというかびっくり落ちというか、これはいささか教訓じみた怪異譚でね。まあ、童話なんかによくある説教仕立てさ。善良なだけの人間なんて存在するはずがなく、優しさなんてのは、とどのつまりは上っ面の上澄みに過ぎない。白があれば黒がある。猫はただのきっかけに過ぎない。恩知らずな猫、というだけの話じゃなく――人間の裏側を見透かすようなエピソードなんだ 『猫物語(黒)』224P

以上が忍野メメの障り猫に関する説明です。そして羽川翼には、この障り猫が取り憑いているという話が『猫物語(黒)』。羽川翼は道端に倒れている猫を供養し、取り憑かれ、障り猫の怪異として、育ての親を襲い重傷を負わせ、無差別かつ出会いがしらに通行人を襲い病院送りにし、そして阿良々木暦の腕を千切ります。

「委員長ちゃんだって、猫をかぶっていたということだろう――善良で、公平なだけの人間なんていないということさ。むしろそうであろうとし続けるからこそ――ストレスが溜まるんだ『猫物語(黒)』224-225p

羽川翼はどうやって善性を維持しているか -羽川翼は普通になりたい-

羽川翼は、「普通」であろうとします。

当たり前に善良な人間であろうとします。

そして実際に、誰よりもまともで、善良で、公平な人間になれてしまっている。

この点が、普通の人間ではありえない、異常なのだと言うことです。

では羽川翼がどうやってその善性を守っているのかというと、人間としての負の部分や黒い部分、正しくない部分を自分から切り離すという方法をとっています。そういったものを見て見ぬフリするのです。

「障り猫は委員長ちゃんにどんぴしゃだ」と忍野メメは言いますが、羽川翼は善性につけこみ取り憑こうとした障り猫を反対に取り込み、自分のスケープゴートとして仕立て上げることで、自分の善性を守っていたのです。

つまり自分は純粋なまま、真っ白なままでいられる代わり、全く別人格の障り猫としてストレスを解消し、憂さを晴らしていたということ。

羽川翼の、正しさを貫けるという異常性と魅力

人間や、人間を取り込む社会というところは善性や正しさを求めるけれど、乱暴に言えばそれらはほとんど取り繕われたものであって、まったく純粋な善性なんてなきがごとしだと思います。純粋な白と黒があるのではなく、人の心はその両方を合わせもっていて、常に混沌とした色をしています。

状況や立場によって正しさは変化するし、行動も考え方も常に一定ということはない。

普通は自分の利のために善性を取り繕うし、自分の都合に合わせて正しさを解釈しなおし、のらりくらりと善悪のバランスを取りながら、上手に生きるのが普通の人間です。

その点、羽川翼は正真正銘の善性や正しさを維持できてしまう。絶対的なモラルやセオリーと言ったものを何の迷いも葛藤もなくこなせてしまう。

多くの人が理想とする普通さや善良さを、普通にこなせてしまうという点が異常なのです。異常な点でもあり、魅力的な点でもあります。

羽川翼が怪異化している状況を何とかしようとする阿良々木君に対して、忍野メメはこう言います。

「友達が困っていたら助けるのは当たり前、確かにそうかもしれない。だけど阿良々木くん、当たり前のことを当たり前にするっていうのは、選ばれし者の領域なんだぜ。きみごとき凡人や、僕ごとき凡庸に、できることじゃない。委員長ちゃんに憧れて、委員長ちゃんに報いたくて、委員長ちゃんの真似をしようよいう気持ちはわかる。だけど――それはやっちゃあ駄目なことなんだ『猫物語(黒)』195p」

※ちなみに阿良々木君は、『傷物語』という物語シリーズの発端となる物語において吸血鬼に襲われたとき、羽川翼に救ってもらっています。「委員長ちゃんに報いたくて――」と言っているのはそのことだと思われます。

「当たり前のことを当たり前にする」という普通の人では成し得ないことを成しえるため、そして羽川翼にとって不都合な部分を切り離すために産んだ怪異が、障り猫を媒体とした通称「ブラック羽川」という驚異的な怪異になります。

「偽物語&猫物語(黒)」Blu-ray Disc Box予告映像より
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

羽川翼はいかにして障り猫を取り込んだのか

では、いかにしてただの「障り猫」(忍野メメが言うところのありふれた低級霊)が「ブラック羽川」という怪異に昇格してしまったのでしょうか。

羽川翼が猫を埋めたことで取り憑かれるはずだった障り猫が、まるで返り討ちに遇うような形で反対に取り込まれてしまった理由はなんでしょうか。

障り猫=ブラック羽川のセリフを引用します。(中略)とされているところには阿良々木君のセリフや独白が入ります。

「ご主人は――あのとき、俺にまったく同情してにゃんかいにゃかった」
(中略)
「俺のことを可哀想だにゃんてご主人はちっとも思っちゃいにゃかった――そこには優しさの欠片もにゃかったにゃ。これは、それに付け入り付け込むことを設定としている怪異である俺には、はっきりと断言できる」
(中略)
「ご主人は、路上で死んでいる俺を、まるで決まりきったルーチンワークのように供養したんにゃ――まったくの無感情にゃ。俺のことをまるで哀れんだりしていにゃかった。つまり、俺の付け込む隙にゃんて、本当はにゃかったんにゃ――」
(中略)
「普通の女の子であろう、というのがご主人の唯一の願いだにゃ」
(中略)
「最早切願と言うべきか――この場合、ご主人の思うところの普通というのは、倫理的であるということにゃ。正しくあろうというのが、ご主人の思想にゃ。道端で死んでいる猫をみかけたら埋めてあげる――まあ、これは確かに正しいことにゃ。法則と言ってもいい。方程式と言ってもいい。だからその法則と方程式にご主人は従った――それだけのことにゃ」『猫物語(黒)』240p

羽川翼がこのように過剰なまでに普通であろうとするのは、羽川翼が本来全然「普通」ではないからです。

障り猫は、あろうことかこんな羽川翼のことを「助けてやりたくにゃったのさ」と続けました。

羽川翼は怪異に同情されてしまった女の子なのです。

羽川翼の生い立ち/両親と血がつながっていない複雑な家族構成と家庭環境

羽川翼の生い立ちや家庭環境は、本人とは異なり異様そのものです。

現在の彼女の家庭の家族構成は、父、母、羽川翼の三人家族ですが、その成り立ちは普通ではありません。両親のどちらとも血が繋がっていないのです。

産みの親は若くして羽川翼を生みますが、恋多き女性だったとかで実の父親は分かりません。その女性はすぐに、幼児である羽川翼が寝るベビーベッドの上で首を吊ります。

母親は自殺する直前に別の男と結婚しており、つまりその時点で羽川翼の父親となった男性にとって彼女は赤の他人でありながら義理の親子関係が発生します。

そしてその義理の父親もまもなく再婚。後にこの男性も過労で死亡。羽川翼はさらに赤の他人である女性の子となり、その女性もまもなく再婚。

このようにして、赤の他人の子としてなし崩し的に家族という形が作られました。

その家庭環境は劣悪で、家族は内部崩壊しており、『猫物語(黒)』においては父親に頬を殴られケガを負った羽川翼がぶらぶらと外を歩いている場面に阿良々木暦が遭遇するあたりから物語が進行します。

羽川翼は不幸な被害者か?

とは言え、羽川翼はただ不幸な環境に置かれて屈折してしまった被害者ではありません。

それどころか、不幸に身を置きながらも維持できてしまっている善性や正しさ、その強さが、他人を傷つける刃になってしまったという物語なのです。

ブラック羽川退治のヒントを得るため、彼女の両親と直接話をしにいった忍野メメのセリフを今度は引用します。彼女を殴った親を擁護するような口ぶりで彼は言います。

「化物とは思えても、娘とは思えなかったんだろ。いわれもなく妖怪を育てろといわれたようなものだ――自分の子が怪異と入れ替わるタイプの怪談はよくあるけれど、ご両親の場合、自分の子でさえないってんだから――」『猫物語(黒)』256p

これに対し、阿良々木君は「あいつらの味方か?」と訝ります。

「味方なんてしないさーー中立だ。強いて言うならものの見方って話だ――委員長ちゃんには委員長ちゃんの見方があり、ご両親にはご両親の見方がある。そして第三者には、どちらが正しいかなんてわからないさ。いや――正しさなんて、最初からない」
(中略)
「もちろん、委員長ちゃんのご両親は褒められた人間じゃないさ――話していてそれはわかった。あの人達は、両親であることを放棄している、それは明らかだった。だけど阿良々木くん、彼らの気持ちを理解しないわけにはいかないよ。あれだけ正しい人間と一つ屋根の下で過ごすなんて――しかもそれが自分の娘だなんて、ぞっとする。十何年間、正し過ぎる人間がずっとそばにいたんだぜ。可哀想に、彼らがあんな人間になったのは、委員長ちゃんと一つ屋根の下で暮らしていたからに違いないよ」『猫物語(黒)』256-257p

確かに羽川翼は父親から暴力を振るわれたし、家庭内でも迫害と呼んで良い程の扱いを受けていますが、それでも日ごろから暴行を受けていたという訳ではありませんでした。

むしろ暴力的なまでの善性を持ち続けていた羽川翼に対して、虐げられた気持ちになっていたのはもっとも身近にいるご両親だったのかもしれません。

圧倒的な光源に影はできません。光で照らす側は常に色濃い影を相手の背後に作ってしまうのです。

阿良々木暦が仕掛けたトラップと障り猫退治

羽川翼は、このようにして他人を傷つけながらも必死で「普通」を守ろうとします。

その「普通に善良である」という在り方は「特殊な家庭環境で育ったがゆえに、道を踏み外したなんて思われたくないという、そんなささやかな意地から発した戒律の遵守」と作中で表現されている通り、羽川翼の芯に染みついた絶対のルールであり、プログラムのようなものです。

それを守るために結果産まれてしまった「ブラック羽川」という怪異が、本当に人を殺してしまって取返しがつかなくなる前にと、阿良々木暦は文字通り捨て身の戦法で羽川翼に憑いた障り猫を退治しようとします。

阿良々木君が仕掛けたトラップは単純で、「吸血鬼に殺されてしまう、助けてくれ」というメールを羽川翼に送るだけでした。かつて吸血鬼とひと悶着あったことを知る羽川翼にとっては十分に逼迫状態が伝わる文面でした。

実はブラック羽川時もかなりの割合で本人の人格を維持できていた羽川翼は、「ブラック羽川」の姿のまま、阿良々木君のもとにおびき寄せられます。

騙されたことを知り激怒する羽川翼に彼は言います。

「怪異に取り憑かれようが怪異を取り込もうが――お前はお前のままなんだよ、羽川。人格が変わったくらいで性格が変わるか。それがお前だ。お前自身だ。友達からヘルプを求めるメールが来れば、どんな状況だろうと、どんな戦況だろうと、押っ取り刀で駆けつけてしまう――猫が毛玉を転がすように、本能的に駆けつけずにはいられない!それがお前なんだよ 『猫物語(黒)』269p

ブラック羽川に対し、羽川翼本人の自己欺瞞を暴くシーンです。

阿良々木暦は羽川翼が好きすぎる

阿良々木暦は、羽川翼のストレスをすべて引き受けて死ぬ覚悟でブラック羽川との戦闘に臨みます。「死ぬ気で」ではなく、文字通り「死ぬつもり」で羽川翼を救おうとするのです。

そして実際に阿良々木君は自分の体を犠牲にして、羽川翼に取り憑いた猫の退治に致命的な一太刀を浴びせることに成功します。

なぜ阿良々木君はそこまで羽川翼に対して自己犠牲を働けるのでしょうか。

それは、彼本来の性格というのもありますが、阿良々木君が羽川翼のことを好きすぎるからでしょう。

恋愛感情を越えた、憧れとか崇拝に近い感情なのだと思います。

世の中を見渡してみれば、普通に良い人や常識的な人は五万といますが、羽川翼のように完全な「善性」を有する人や「正」そのものと呼べる人はいません。

それは普通の人間には真似のできないことであり、真似をしてはいけないことであり、見ようによっては不自然で、気持ちの悪いものです。

化物じみていて、ロボットめいていて、人間離れしています。

それは人を狂わせるものでもありますが、弱者にとっては正真正銘の救いになるのではないでしょうか。

消滅しそうになりながらもなお、羽川翼の体に留まり暴れる障り猫に対して、ひん死の阿良々木暦は、猫が羽川翼に手を貸したいきさつを訴えます。手を貸す気になったのは羽川翼が猫に「まったく同情をしなかったからじゃねえか」と。

僕のときもそうだった――吸血鬼に襲われ、人間ではなくなってしまった僕に対しても、羽川はまったく、同情なんてしなかったよ。
同情したり、憐憫したり。
決して憐れんで――見下したりしなかった。
そうだろ、障り猫。
路上で死んでいようが、吸血鬼に襲われようが――「僕たちはかわいそうなんかじゃねーよなあ!」 『猫物語(黒)』286p

「お前も、そんな羽川のことが好きになっちゃったんだよな」と続けるころには、羽川翼を苦しめるのはやめて欲しいという懇願の体になります。

羽川翼の個性とぼくらの社会における善性の考察

羽川翼は個性的なキャラクターですが、その性質を説明しようとすれば、誰にでも優しいとか真面目だとか優等生だとかと言ったような、ごくありふれた言葉を使うしかなくなってしまいます。

そんなものは個性のうちに入らないよ、そんな人いくらでもいるだろう、と言われるような性質も、突き詰めれば個性になります。

しかしほとんどの普通の人間は、羽川翼のように当たり前のことを当たり前にするなんて無理だし、例え正しいとされていることでさえ実行するのには躊躇し、人目をきょろきょろと伺っては妥協しながら暮らしています。

優しさというありふれたものの一つでさえ貫く強さがありません。

僕らは社会の中で常に一目置かれる立派な人物であろうとしますが、羽川翼にはそんな打算もあざとさもなく、もともと持っている善性に従うことにしか興味のない化物です。

すべての人間の憧れで、お手本で、理想形でありながら、その性質を維持するために黒々とした内面を切り離し、なかったことにするという姑息な方法で、清廉さや潔白さを守っている。

それは不自然なことに違いないですし気持ちの悪いことですが、それでも純粋な善にはやはり惹かれるものがあるし、救われる場面がある。

純粋な悪がないのと同じように純粋な善など存在せず、もし純粋な悪があればそれはそれで魅力的になりそうなように、純粋な善という強烈な個性には見るべきものがある。

僕らが暮らす社会では、同じように悪性を見て見ぬフリして、もしくはなんとか正当化して、善であろうとする作用があると思います。

しかしやはり純粋な善性など持ち合わせていない凡庸な僕らは、いくら羽川翼の真似をして悪を避けてみようとしてもうまくできません。姑息なだけで、一時しのぎなだけの僕らは自然かもしれないけれど、純白でなどありえません。

そのくせ人には善性を押し付けたり、優しさに期待したり、正しさを求めたりする。

そんな薄汚さの中で自らの白さを守れる羽川翼は見事な存在です。

猫物語の結末とその後

ここまでネタバレしておいて何だけど、『猫物語(黒)』がどのような結末になるのかという詳しいことはそれぞれアニメなり小説なりを見て確認していただければと思います。

結末を一言で説明するとすればとりあえず障り猫を抑えこむ方法での「問題の先送り」と言ったすごく現実的なところに落ち着くのですが、このいきさつを説明するにはさらに5,000字が必要になります。

とりあえずこの物語は、羽川翼を崇拝してやまない阿良々木君の「今の自分を受け入れろ」という内容の、挑発的で、自分勝手で、半ば自己弁護とも言える落としどころに落ち着いた形になります。

羽川翼がこんなんなのは、ただのキャラクター設定であり、個性であり、何をどう繕っても変わらない性質だ。不幸な身の上も、過去も変わらないから、もうそのまま生きろよという理屈です。

「不幸だからって辛い思いをしなきゃいけねーわけじゃねーし恵まれないからって拗ねなきゃいけねーわけじゃねえ!やなことあっても元気でいいだろ!」っていう阿良々木暦のセリフが僕はとても好きなんですが、これは言わば凡人の論理です。(ちなみに、「元気良いなあ、何か良い事でもあったのかい?」は忍野メメの口癖で、やなことあっても元気でいいだろ、はそれを受けてのセリフのようです)

みんなこんな風になんとかかんとか現状を肯定しつつ、過去を引きずりながらも適当なところで見切りをつけて、なあなあで付き合って行くのでしょう。

阿良々木暦がやっているのは羽川翼に対する肯定に見せかけた否定であり、超人的な羽川翼を崇拝する身でありながらその完全性を削ごうとする、ちぐはぐな行為です。

本心には違いないけど羽川翼の正しさにそぐわないことも分かっているのでしょう。この点も捨て身だと言えると思います。

一応の解決を見たあと、二人の間にこんなやりとりがあります。

「いいよな、羽川。僕達、みんなロクでもないけど……すっげー不幸で、滅茶苦茶報われなくて、取り返しなんか全然つかないけど……、一生このままなんだけど、それでいいよな!」
猫耳もなくなり、髪も黒く戻り。
すっかり元通りになった羽川は、吸血鬼幼女から解放され、下着姿のまま眠るように横たわりながら――
「いいわけ、ないでしょ」と。
魘(うな)されるように、そんなことを言った。
はっ。そりゃそーだ。
お前の言うことはいつも正しい。『猫物語(黒)』290p

正直全然解決してないけど、阿良々木君は羽川翼が相変わらずで嬉しそうに見えます。

僕もうれしいようなスッキリしないような、複雑な場面でした。

にしても『猫物語』は羽川翼を堪能できる良い作品。最初は目立たないキャラクターだなって思ってたけど、噛めば噛むほど好きになります。

ちなみに、羽川翼のその後の話であり『猫物語(黒)』に対して下巻的な内容である『猫物語(白)』において、羽川翼が抱える問題は本当の解決を見ます。

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