悪夢を伝えられないとき文才のなさを思い知る

ここ最近、「悪夢」についてずっと考えている。

前回は 「ホ・オポノポノ」が「悪夢を見たい!」を叶えてくれた という記事を書いたし、その前の クマよさらば では実際に僕が見た悪夢について少しふれました。

今までに見た悪夢はいくつあるだろう。

今でも鮮明に怖い感情を呼び起こせるほど怖い夢はいくつもあるのだけど、それを誰かに伝えようとするとなぜか笑われてしまったり、意味わかんないで済まされてしまったりで大変に切ないです。

この経験は誰にでもあると思う。

怖い夢に限らず、たいてい夢で見たことって現実の頭で考えるとまったく辻褄があってなくて、上手に再現できたと思っても自分が感じたほど怖くもおかしくも大変でもなかったりして、「はははまあ夢ってそんなもんだよね」って話に落ち着く。

でもそれは悔しい。

僕はかねてより、悪夢を見たときに感じた怖さを忠実に再現しようとするのは、文章を書く上で良いトレーニングになると思っているのです。

見た悪夢を伝えられるかどうかって、かなり文才を表すと思うし、悪夢(悪夢に限らないけど)を伝えるように書くって文才を磨く教材になると思う。

目が覚めた状態で考えればあまり怖くなかったりするのだけど、きっとその夢の中で感じている恐怖や苦痛は本物なのだから、それを伝える要素を忠実に再現したり、組み立て方を工夫したり、意識はしてないけど背景にある何かの作用などを説明すれば、悪夢の再現ができると思うのです。

たとえば、誰かに追いかけられて怖い夢を見たと自分は認識してるのだけど、よく思い出してみるとその怖さを演出してたのは夢の中で流れてた不穏な音楽のせいで、夢の中の自分はその音楽が流されている理由とか、誰がどんな風に演奏しているのかを知っていて、実はそれがすごく醜悪だとか。

こういう要素を思い出したり、脚色したりしながら何度も試みては失敗し、どうすれば悪夢の何とも言えない怖さやいやらしさを再現できるのだろうと、夜中に悪夢から覚めてはメモを取るのだけど、肝心のそのメモが何を書いてあるかわからない。

最近のメモはこれ。7月14日のメモ。

大きくなって、四角になって、なかから液体が染み出してきて、誰もいない

なんだよ大きくなるって、四角になるって。そしてなかから液体って。もうちょっと説明すると、僕があるキーワードを発すると、それまで話してた男の人が急に苦しみながら四角くロボットみたいな形に膨らみだすのです。

で、僕はそのキーワードを思い出せない。思い出したい!

ちょっと遡ると際立って意味わかんないのがあった。1月3日のメモ。

少年院みたいなところ。トイレが不自由。鍵を買う?言わなきゃならない。監督みたいのがいる。変なスポーツ。矢を打つ。矢はふつうじゃない。物干しざおみたいな。バイト。怪しげ。タイプ別に依頼。探索型。ボーナス。こういう自由を自分で取る。サラリーマンっぽい男性。これ悪性のザクロ。植物の種。

変なスポーツとか、矢はふつうじゃないとか、怪しげとか、後から読んでなんの役にも立たないメモ取るのやめよう?ってほんとうに思う。

目覚めた瞬間にガンガン忘れていくビジョンを寝ぼけ眼で打ち込むから仕方ないところがあるとはいえ、変とかふつうとか怪しいとかまったく客観性のない適当なことをメモしてもまったく役に立たない。

いやでも「これ悪性のザクロ」のインパクトはすごいなとか、そういう収穫はあるけれど、それにしてもこのメモどうするの。

でもせっかくメモに残してるのだから、これを題材に怖さや不気味さが伝わる文章を書く練習をすれば良い。

それができたら僕のレベルがちょっと上がりそうです。

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