『パイナップルの花束を君たちに』~人を見かけで判断しちゃいけないってあれほど口を酸っぱくして言ったパイン~(4)

前回のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~仕事にゲーム性を求めるのは大人か子どもか~(3)

最初のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~彼らの大人になれなかった部分~(1)

アドリブ小説とは(記事の最後の方にアドリブ小説の簡単な説明があります)→「ハル先輩」という、僕の面白くて退屈な日常に割り込んでくる「天災」について

結局人は中身。パインだってウニだって外側はトゲトゲしいだろハル先輩

食缶の中にゴロンと一つ丸ごとパイナップルが入っていることを知っているのは、今多目的教室にいる芽生中学校3年生の13人と、担任であり現代国語教師のヤブサカだけである。

教室の中央付近、床にパイナップル入り食缶が入っている光景の不思議さ。

中身を知らないだれかが見たら、どうしてあんなところに食缶が置いてあるのだと訝るかもしれない。

中にパイナップルが入っていたところで床に食缶が置いてあるのはおかしいけれど、生徒たちにとって、その食缶は食べ物が入っている蓋付き寸胴ではなく、化学兵器が収納してある巨大アンプルであり、遠巻きに眺めつつも管理を怠ってはいけない物騒なものになっていた。

とは言え、生徒たちはいくらか落ち着いてパイナップル入り食缶を眺めている。

さきほどヤブサカが教室の外に出て、今は生徒たちだけなのだ。パイナップルが力づくで奪われる心配はとりあえずしなくて良い、束の間の休み時間と言ったところだった。

しかし恐らくヤブサカが向かったのは保健室に縛ってあるというノウキンとカマト両教師のところで、さっきちらっと「開放する」と言っていたから、この後憂鬱で面倒くさい展開になることは目に見えている。

この話の問題は、必死で逃げなきゃいけないほど深刻ではないけど、何かのタイミングで逃げ出さないと面倒くさいということである。

子供たちが今感じている「疲れ」は、奇しくも多くの大人が職場などで日ごろ感じている「疲れ」と似ていたが、そのことに気付くものは誰もいなかった。

「『パイナップル入り食缶』って言ったら、パイナップルが入ってる食缶だよな?」

連という名の男子生徒が、隣にいた圭太にそう言った。うん、と圭太が答える。

「『パイナップル入り酢豚』と言ったら、パイナップルの果肉が入ってる酢豚だよな?」

「それがどうしたの?」

「いや、食缶にパインが入っていると言うのと、酢豚にパインが入っていると言うのでは、何が違うのかなって思って。同じだけど違うよね?」

「まあ、形状、ってか入り方は違うかもしれないけど、同じだろ」

「いや、容器の中に入っているっていうのと、食べ物の中に入ってるというのでは、なんか違うじゃん。こう、すっぽり入ってるのと、含まれてるという違いがあるんだけど、どっちも「入ってる」って言葉で良いのかな」

「なんだよ何言ってんの連。良いに決まってるだろ。そんなこと言ったら…もっと色んな言葉が・・・、いやてかなにお前そんな意味わかんないこと言っても全然賢そうじゃないからね」

「えぇ?ダメかやっぱ」

こいつ、ほんとに賢く見られたくてこんなこと言ったのか…と内心で驚いたが、圭太は連がいつもの様子なようで安心した。急におかしなことを言って、まさかパインの逆作用とでもいうべき反応が連の身に起きているのではないかと心配になった。

懸念事項が増えるのは歓迎できない。

「なあ圭太、何で酢豚にパイン入れるんだろうな?」

よかった。こんな初歩的なことも知らない、連は連、今まで通りのバカだ、と圭太は思った。

「パイナップルに含まれるブロメラインって酵素の作用でタンパク質が分解されるんだよ。酵素は高温だと働かないからあんま料理に入れる意味ないけどな」

「へえ?詳しいね圭太」

「うん、ちょっと興味あって昔調べたから。ウィキペディアで」

「ふーん。お前、セリフにリンク付いてるけど大丈夫か?」

「は?何言ってんだ」

「・・・(メタ発言はダメか)」

「あ、じゃあ圭太パインの剥き方も知ってるんじゃ」

「知らん」

「え?」

「知らん」

「なんで?」

「なんでって、俺食べることにあんま興味ないから…」

「え、でもお前、いつだったか好き嫌いないって言ってなかった?」

「ないよ?だって食べれるものならなんでも一緒だし。食事なんて生き物のエネルギーを口から取り入れてるだけだよね?気持ち悪いよな。エネルギー摂取の方法がアナログすぎるだろ。でも食わなきゃ生きてけないし。注射とかよりは簡単だし、食い物がうまいのは事実」

「いや。なんか独特だね…(圭太ってこんなキャラだったっけ?前回の話ではもっとこう…)」

ヤブサカが帰ってきたようだ。教室の扉が開いた。

教室のドアを開けたヤブサカは力が抜けた様子で、心なしか憔悴しているようだった。

「先生、どうしたんですか?」

ため息をつくヤブサカに、ある女性徒が言った。

「いや、ノウキン先生とカマト先生の様子見に行ったんだけどな…」

「紐、ほどいて来たんですか?」

何人かの生徒の声が重なったが、その全てが紐についての質問だった。

「あー、うん、まあそのつもりだったんだけど、俺が行ったらもう解けてた」

「解けてたのに大人しくしてた?」

それでどうしてヤブサカが憔悴してるのか。脱力しているのか。そこれが自分たちにとって良いニュースを持っているという証なのか、悪いニュースを持っている証なのか、判然としない空気がもどかしかった。

「うーん、大人しかったていうかな。階段降りたらカマト先生の叫び声が聞こえて、慌てて保健室に行ったんだ」

え、まさか。

寒気をもよおす、嫌な予感が子どもたちの間に走り渡った。

ノウキン先生がカマト先生を襲った?と誰もが思った。

ベッドに縛り付けられた若い音楽教師に、ゴリゴリの体育教師であり野球部の顧問であるノウキン先生の理性が耐えられなかった…。

「うわ、最低だなノウキン先生」「きも…」

目にあらん限りの軽蔑を込める女子、口を引き結びながらも片頬を上げて不適な笑いを作る男子。

子供たちは信じられなかった。ノウキンの理性の乏しさ、こんな形で子どもに返る人もいるのかという恐ろしさ、そしてノウキンの守備範囲の広さ。

「まてお前たち、人を見かけで判断するな。ノウキン先生はあれでけっこう純粋だし良い男だ。正義感もある」

生徒たちには「見かけで判断するな」がツボに入ったようである。猿のように笑いだした子供たちの笑い声に圧倒されて、ヤブサカはどんどん冷静さを取り戻すようだった。

「むしろ、参ったのはカマト先生だよ」

「そうなんですか?」笑い転げて涙目になりながらも、生徒はこの話題に興味があるようで、ヤブサカが口を開けば反応した。

「先に紐を自力でほどいたノウキン先生がな、カマト先生の紐も外してやろうとしてたらしいんだ。でもカマト先生がなにを勘違いしたのか、えらく抵抗したらしくてな。紐より誤解を解くのが大変だったんだ」

「今は?」

「今はとりあえず一旦職員室に戻ってもらったよ。そのパイナップルを食缶に入れたのが良かったのか、けっこう落ち着いてはいるようだったな」

「カマト先生、勘違いした…んすか?」男子生徒はまだこの話題を手放したくないようだった。笑いをこらえながら続きを促す。

「そうなんだよ。まあ、ノウキン先生の雰囲気というか、も悪いんだけどな…あーはいはい、わーらーうーなー。それこそお前らが想像したみたいに、やらしいことされると思ったらしいんだよ」

「ふぇっ」と息を吸い込み、しゃくりあげるように笑う何人かの男子。自体を深刻に受け止めている生徒が数人。もちろん、深刻に思ったのはどういう風にカマトの大人げなさが表れるかという点だが。そして女性としていくらかカマトに同情的な女子。

「いやお前らもそれなりに想像したんだったら同罪だからな?で、ノウキン先生だって変な誤解されるのは嫌だから、必死に弁解したわけ。そしたら誤解は解けたはずなんだけど、今度は自分が誤解してたことを認めないのよ」

「ん?どういうことですか?」

「んーと、だから、そういうつもりじゃありません、自分には好きな人もいるし、どんな女性でも手を出す男ではありませんってなことをやんわりと伝えたわけだけど、ノウキン先生が何を仰ってるか分かりかねますってカマト先生言うんだよ」

「好きな人いるんだ…」

「人の恋をバカにしない。お前らほんとそういうところ何とかした方が良いよ。もう校長のこと忘れてるだろ」

「先生も笑ってんじゃん」

「笑ってません。文字情報しかないことを逆手にとって先生を陥れるのはやめなさい」

「(メタ発言はだめ)」

「まあだから、カマト先生が身体を狙われていたと誤解したことを認めないせいで、こっちが弁解すればするほどカマト先生の身体を狙ってた感じにされちゃうんだよ。そういうことをしようとは一切考えていません。そういうことって何ですか?やっぱり私を刺そうとしたんですか?え?いやいや刺そうとはもちろんしてませんけど…、じゃあ何なんですか!って、再現することないか」

「えーせんせい、どういうことなんですか?」

「お前らもたいがい分かってるんだろほんとは。まあそんなこんなで先生ちょっと疲れました」

「でもカマト先生、男の人と付き合ったことあるのかなあ?」

ある女子生徒が言った。

「お前らほんと、人を見た目で判断するの止めろ。人は結局中身だぞ?」

「いや見た目で判断なんてしてないよ。さっきから先生の方が見た目で判断してるじゃん。私はカマト先生のあのトゲトゲした感じが、あんまり人寄せ付けなそうだなって。授業中すごい怖いし」

「だから、そこも外身なんだよ。何ならパインもそうだろ。ウニなんてもっとトゲトゲしてるけど、中身はうまい、そうだろ?だからよく知りもしないで、深いところまで見ようともしないで人を判断するのはもったいないぞ」

ヤブサカの口からパインという言葉が出て、少しヒヤリとした生徒もいた。

だが

「ウニ最初に食った人すげーよなあ。なあ圭太」

と能天気な様子の連に少なからず場が和んだ。

圭太はと言うと、いつもどこかで誰かが言ったことのあることしか口にしない連に付き合うのが面倒だと思っている。創造性がないと感じている。パイナップル入り食缶の話は、考えてみれば珍しいことだったから、付き合ってあげればよかったかもしれないと思った。

「そう、勇気ある誰か、好奇心の強い誰かが、きっと中身の良さに気付いたんだ。そしてその良さを伝えた。だからカマト先生もきっとそういう、中身の良さに気付いてくれる人に出会える。それに、音楽の話をしているカマト先生は理知的で感受性も豊かで、話してみると楽しいぞ」

「じゃあ先生付き合えば良いじゃん」

「なんでお前らはすぐそうなるんだよ。先生にも好みがあるんだからじゃあ付き合えばなんて勝手なこと言うと失礼だぞ」

「先生が一番失礼なこと言ってると思うけど…」

「いや好みがあるってのはカマト先生にもってことだぞ?」

「だから、分かってるよ。そういうとこが失礼なんだよ」

「あ!」

突然、連が大きな声を出すから、教室中の全員が顔を向けた。

「そういえば圭太さ、好き嫌い無いって言ってなかった?」

良い笑顔の連である。

つづく

『パイナップルの花束を君たちに』~人を見かけで判断しちゃいけないってあれほど口を酸っぱくして言ったパイン~④(完)

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