引っ込み思案だから常連のラーメン屋でかた麺を注文できない

生まれついての引っ込み思案で損ばかりしている。

こないだも言えなかった。

「麺かためにしてもらえますか」

いつも行くラーメン屋さんの麺のかたさにはまったく文句はないのだけど、もう少しかたいとなお嬉しい。

なぜなら、そのラーメン屋さんのラーメンはボリュームがあるから、後半の「ノビ」を計算すれば少々急いで食べるのが僕にとってベストであることが分かるのだけど、残念ながら僕は猫舌で、急いで食べればやけどする。し、熱いうちはあまり味がよく分からない。

かたすぎる分にはまったく問題がないのです。カップラーメンや即席めんを食すときは、3分と言われれば1分、5分と言われれば3分を目安にお召し上がりになるのがいつものこと。

つまり、僕が一杯のラーメンを適温まで冷ましつつ、最後まで安心して、弛まず食べるには、気持ちかために仕上げてもらうことがベストなのである。

でも言えない。

「麺かためにしてもらえますか」

いや、言えば良いじゃんって多くが思うはず。

でも言えない。小さい頃からの引っ込み思案はこれまで何度も克服しようと頑張ってきたけれど、もう30になるのに、なかなかなおらない。

バカなんじゃないの、そんなんで生きていけるの?

微妙である。何とか生きてるけど、うまく生きていけてるとは思ってない。

でも性格なのだから仕方ない。30年近くかけても引っ込み思案はなおらないけど、引っ込み思案なんだから仕方ないという開き直りは得たような気がする。

ただ、いつもどんなときも自分の思っていることを言えないわけじゃないです。例えば、こうやって文章で考えをまとめられる場があるというのは、僕にとって大きな支えとなっている。

日常でも、どこでもこんな不便をしてるわけではありません。

ピンポイントで、あのいつものラーメン屋だからこそ言えないことがある。

麺をかために注文すること。

運命のいたずらによって、そんなこともできないことがある。

そのとき、引っ込み思案の頭の中ではどんな葛藤が芽生えているのかを書いておこうと思う。

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もう何回も言ってる店だからタイミング的に今更感がある

僕はあまり店の新規開拓をしないので、外で食べるとなると行く店は決まっている。

そもそも店の新規開拓をしないというのも、引っ込み思案な性格から来ているように思う。

本題ではないので詳しくは割愛するけれども、入ったことのない店に入るのは怖い。

そんなわけで、元はと言えば妻に連れていってもらったラーメン屋に通い続けている(しかも一人ではいけない。というか妻と以外行けない)。

おいしいラーメンで、メニューが豊富で、かつボリュームがあり、店員のおばちゃんも良い人で、大好きなお店。

回を重ねるほどに欲というか我が出て、「もう少しかたければ」と思うのだけど、もし僕が「あの、麺かためにしてもらえますか」って伝えたらおばちゃんどう思うだろうって考えちゃう。

「ああ、今まで麺ちょっとやわらかいなあと思いながら食べてたんだろうか」って思うんじゃないかなあ、って。

最初に言えばよかったんだ。一番最初に「麺かためで!」って言っとけば、「ああ、かた麺ラバーか」って納得してもらえるんだ。

でもこんなに何回も食べたあとだと、「いつも麺がちょっとやわらかいから今日こそは言ったんぞ」みたいな、我慢の末の注文みたいになっちゃうんじゃないだろうか。いや表面的にはそうなんだけど、違う。ゆで加減に文句はない。

麺のかたさはとても良いのです。多分他の店より気持ちかためな気がするくらい。でもボリュームと熱さを計算すればもう少しかたい方が助かるというだけ。

だがそれを伝えるすべがない。文字数が多すぎて、注文時にさらっと伝えられない。

メニューに麺のかたさや味の濃さ調節できます的なアナウンスがない

全然こんなのほんとに文句じゃないんだけど、かたさとかスープの濃さ選べます的なことが書いてあれば、そういう注文をつけられることも想定内ですよという感じがしてあまり抵抗がないのだけど、何も書いてないと「あくまでイレギュラーな注文」だと理解するので、余計な手間をかけさせてしまいそうで怖い。

タイマーを設定しているんだとしたら僕のだけ40秒ほど早くあげなきゃいけないだろうし、長年の勘で上げているのだとしたら僕の麺が入ってるザルだけちょっと注意しなきゃならない。

いやそれでそういうことをメニューに書くべきとか言ってるわけじゃないんです。

たぶん店にとっては書くまでもないことで、かためが良いならかためでって一言いえばオッケーって感じなんだと思うし、そのちょっと違う注文で手元が狂うような店ではないと思う。

だけど、これもこっちの都合で、メニューにない以上、もし言うとしたら「麺かためで」と当然のように注文するのではなくて、「麺かためにできますか?」のように可能かどうかを聞かなきゃなんないと思うのです。

じゃないと、「メニューにないちょっとわがままな注文だということは分かっているが、できればかための方が良いと思っているゆえの相談」というニュアンスが表現できないじゃないですか。

「かためで」って言っちゃうとそれはもう店としてはやらなきゃいけないことになっちゃうけど、そんな関係を望んでいるわけではない。

駆使する文法の難易度がちょっと上がるので、意思を伝える難易度も上がる。

外国語とかならありますよねこういうこと。

疑問文なら言えるけど、付加疑問文にするときはなぜかちょっと勇気がいる、みたいなこと。

それが、僕の場合は母国語であるのです。

それで僕、一応見慣れてるはずのメニューの隅々まで見て、「麺のかたさ、スープの濃さ、調節できます」的な文言を探したけれど、ない。大盛り+100円の表記はあったからいざとなったら注文できる。

でも麺をかためにしてほしいことは結局言えない。

「今日も言えなかった」って妻に言ってしまった

これからも僕は麺をかためにしてほしいことが言えない。

こないだ「今日も言えなかったな」ってつい妻に言ってしまったから、ここで書いたようなことをもっと簡単に説明したら、「気にしすぎ」と笑われた。

多分それが普通の感覚なんだろうけど、妻に言ってしまった以上、麺をかために注文する難易度が上がってしまった感がある。完全なるミス。自分でとどめを刺してしまった。自分の心の中にだけ留めておけば、まだ口にするタイミングはあったかもしれない。

でももう僕が麺をかために茹でてもらうことはないだろう。

だって、今度僕が麺をかために注文しているのを妻が見たら、「あ、言ったな」って思われる。「勇気出してきたなこいつ」と。「今日こそ言うぞ」って思ってたのがバレる。恥ずかしい。

店のおばちゃんと、妻の両方向から僕の意思が斟酌されてしまう。

いや、そんなね、大したことないんだけどねっていう言い訳もむなしいくらいに、ぼくの中で麺をかために注文することが大したことになっちゃってる。

むしろこれが本当に大したことなのだったら、いくら僕でもきちんと言うと思うのだけど、名実ともに大したことがないものだから、僕の中で変に大きくなってしまった「かた麺注文問題」が口に出せない。

これが極端に自意識が肥大化してしまったおっさんの末路である。まだ中学生くらいの自我なのである。

こんな恥ずかしい葛藤を抱いてまで麺かためのラーメンを注文する必要があるのか。

今のままで十分美味い。量も味も満足している。かた麺を諦めれば済む話じゃないか。そっちの方が何倍も簡単だ。こうやって意思は引込められる。

伝えるのであれば、かた麺にかける思いは正確に伝えたい。

生のコミュニケーションでは、この分量の意思を伝えることはできない。

歯がゆいが、仕方ない。

引っ込み思案だから常連のラーメン屋でかた麺を注文できない(完)

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