クリティカルな言葉は強くない

僕の乏しい人生経験の中でもそれなりに悩んだり落ち込んだりすることはあって、その度に誰かのアドバイスを聞いたり文章を読んだりしてなんとか気を取り直して生きてきたわけだけども、そういうシーンを思い返してみるに、クリティカルな言葉というのは決して強くない、と思う。

クリティカルな言葉というのは、そのときの僕の琴線に触れる言葉だったり、スッと腑に落ちる言葉だったり、そういうもの。

グサッと刺さる言葉ってあると思うけど、それっていかにも殺傷力がありそうな感じの言葉でも、グサッと心を抉ってやるぜみたいな言葉でもないことが多いと思う。

ブログなんか書いてると、良い事書いてやろう、グサッと刺さること書いてやろうって思う気持ちも湧いてくるんだけど、できるだけそういう強い言葉を使いたくなる気持ちを抑えて、通常の言葉で文章を書かなければと思います。

それは今までの経験で、頭や心に残っている言葉はそれほど強いものではなかったから。

良くも悪くも人にダメージを与えられるようなこと、狙って書けるものでもないし、自分自身に、お前が強い言葉を使っても心がこもってないから空転するだけだという気持ちもあります。

じゃあ僕にとってクリティカルな言葉ってどんなものだろう。

ほんの一例なんだけど、高校で野球部に所属していたときのこと。一年生の秋ごろだったと思います。

ミスなんてそりゃいくらでもするんだけど、その日は特に落ち込むエラーをして、かなり引きずっていました。

練習だったけど、落ち込むエラーと「今のはしゃーない」って開き直れるエラーってあるのです。

そのときは落ち込むエラーだった。もうこっちに球飛んでくんなよって祈りたくなるような気持になる、自信が全部持って行かれるタイプのエラー。

ズーンとなってたんだけど、そんなとき先輩がかけてくれた言葉は「エラーで落ち込んでたら野球なんてできないよっ」って一言でした。

んんどうだろう、先輩の人柄とか、口調とか、そういうのが伝わらないからこう書いてみると言葉の強弱は判然としないかもだけど、決して僕のこと励まそうとする感じでも、叱るような感じでもなかったんです。

「そんな暗いところで本読んでたら目悪くなるよっ」って皆さん親とかに言われたことあると思うけど、ちょうどあれくらいのトーン。

いやもっとマイルドかもしれない。

「テレビを見るときは明るいお部屋でテレビから離れて見てね」ってアニメのキャラクターとかに言われたことあると思うけど、あれくらいのトーンだったかも。

「エラーで落ち込んでたら野球なんてできないよっ」って言われたとき、「あーそうだなあ」って思った。

先輩は先輩でただ普通に思ったこと言っただけなんだけど、僕にとっては目から鱗というか、とにかくストーンと腑に落ちて、大丈夫になった。

そのあと先輩エラーしまくってたしそういう説得力もあったと思うけど、ほんと大げさじゃなく、最後まで野球を続けられたのはあのとき先輩がああ言ってくれたからだと思っています。

そういう風に、要所要所で僕を救ってくれる言葉というのがあるんだけど、どれを思いだしてみても、やっぱりそんな強い言葉じゃない。

なんか、できればそういう言葉を扱えるようになりたいなと不意に思ったので、メモがてらブログに残しておくことにしようと思いました。

クリティカルな言葉は強くない(完)

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