『パイナップルの花束を君たちに』~子供が急に大人びても驚かんけど大人が急に子どもになると怖い~(2)

アドリブ小説を公開する

前回のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~彼らの大人になれなかった部分~(1)

 

アドリブ小説とは→(記事の最後の方にアドリブ小説の簡単な説明があります)「ハル先輩」という、僕の面白くて退屈な日常に割り込んでくる「天災」について

「ああ!丸ごとのパイナップルってどうやって食うんだよ!」と彼は叫んだ

生徒たちはすべての元凶がパイナップルにあると理解した。

教室中に立ち込める甘酸っぱいにおい。

通常の教室であればもっと早くヤブサカの理性は損なわれていただろうことに気付き、ヤブサカの現国の授業を多目的教室で、それも昼休み返上で行うという判断の理由にも納得できた。

大人たちは刻一刻と子供になっている。正確に言えば見た目は変わらないのだから、”大人げなく”なっている。

「先生?そのパイン、ちょっと私たちに見せてくれない?」

千歳という女生徒が柔らかくそう言った。

「なんでだ」

ヤブサカの目が据わっていた。もう取り乱したり興奮している様子はない。それが良い兆候なのか悪い兆候なのかは誰にも分からない。生徒たちはまだ、自分たちが何をすれば良いのか分からない。ヤブサカがレクのために作った課題とはなんなのか、核心に触れようとすると、今のヤブサカは微妙に意地悪な顔をするだけで何も教えてくれなかった。

元凶はパインだ。パインを取り除かなければなんともならない。子供たちの理解は互いに伝わり、ヤブサカが持っている爆弾のごときパイナップルをどうにかしなければという意志が一致していた。

「ほら、考えたら私、丸ごとのパインって生で見たことないんだ。缶詰に入ったヤツばっかで。だから、あの、珍しいなあって。すごーい、トゲトゲしいー」

「は?だったらなんで校長がパインだしたとき、…思い出がいっパインって言った、…とき」

「笑ってんじゃん先生」

「は笑ってねえし。いや笑ったよ?面白かったからな。ダジャレがな。なんであのとき見せて見せてーってなんなかったんだよ」

「なんないでしょ」

「あのとき本物だと思わなかったしね」

「言い訳すんな!俺が言いたいのは、お前たちが俺からパイン奪い取って返さないつもりなんじゃないかってことなんだよ。そんな曖昧な理由では納得できないね。もっと論理的に、お前たちがパインを持つ必要があるのかどうか説明しろよ」

「論理的って先生…、とりあえず、とりあえずで良いからパイン置こう?あ、ほら、パインって授業に関係ないし」

「関係ありますー。あるから持ってきてるんですー。そんなことも分からないんですかー」

挑発に乗ってはいけない。自分たちだってこうやって、相手を苛立たせるための言葉を使うことはある、いや、あった。さすがに中学3年生にもなって、人を挑発するような言い方をする人間はいない。

文美はどうだろう。

校長が引きこもってるという話を聞いて「子供じゃないんだから…」と呟いた少女。一日学校に泊まってなんとかしないといかんと言ったヤブサカに「なんとかってなんですかー」とわざわざ手を上げて言った少女。

「うわ…はは。ガキくさ。微妙にムカつくな」

誰かが発したこの言葉に、文美は心のどこかが痛痒くなる感覚があった。自分のことを言われているワケではない。でも、きっと自分と比べられている。

小柄で目口が大きく、活発そうな容姿を持つ文美はまだ少々の憎まれ口を叩いても不自然ではないけれど、外見おじさんが同じことを言うとここまで醜悪で異様なのか。

「いやあれは酷い方のガキでしょ。先生子供の頃こんなだったってこと?」

「そら友達もいないわな」

「あれからよく教師になったよね」

「あの人のことバカにした口調。あ、でもたまに出るよね授業中とか…」

痛々しさ、刺々しさ。誰も気づいていないけど、ヤブサカが今手に持っている果物は、そういうもののかたまりなのだと文美は気づき、それがヤブサカの言うように恐ろしい爆弾に見えてきた。

生徒たちの先生を救いたい気持ちはどんどん萎えていく。これは先生が悪いんじゃないか、ガキでももっと可愛いガキだったらなんとかしようとも思うけど、これは自業自得ってことで良いんじゃないか。

もっと可愛いガキだったら?外見で評価が変わるのか?私は可愛いんだっけ?仮にそうでも、もし可愛くなくなったら?このまま大人になったら?

面倒だからもう力づくで奪おうぜ…隣の島からはそんな画策をする声も聞こえた。

しかし大西という男子生徒は冷静だった。

「いや待ってくれよ。俺たちが先生と同じレベルのガキになっちゃダメなんだ。先生言ってただろ。俺たちに大人になれって。多分それが近道で、俺たちが今やるべきことなんだよ」

大西はいつもこうだった。

「いや大西…でもこれはさ」

大西が同じ班にいると楽だ。とりあえず大西に任せておけば楽だ。クラス全体が彼をそう見ていたし、大西にもそうやって頼られている自覚があるが、彼の溢れることを知らない責任感の器はそういった周りのズルさも肥しにした。

文美は大西のことが好きで好きでたまらなかったが、たまにこの正々堂々さが鼻につくこともあった。きっと、味方にしておきたいという打算が彼女の恋心の主成分である。

だが今回ばかりは、彼の言葉が素直に胸に刺さった。好きとか嫌いとかではなく、はじめて感心した。大西の発言が文美にとっての答えのように見えたからかもしれない。結局味方になってくれそうな人に頼りたいだけかもしれない。

しかし文美にはそこまで自分のことが分からない。ただ、大西を頼ってことを済ませるのではなく、大西の言葉で今自分が動き出したいと思えたのは新鮮だった。

「私も、そう思う」文美が手を上げて言った。「大西君に賛成」

「だからでもどうするんだよじゃあさ。大西、大人になるってどうやるんだよ」

「大人になるなんて…簡単だ」と大西は言った。

周囲が大西を見つめた。

「おーい、なにブツブツ言ってんだ。俺はな、現国の授業をしたいわけ。真面目に。ほんと聞いて、真面目だから俺。ほら、『檸檬』の話したの覚えてるよな。俺あれに感銘受けたんだ。ちょうどお前たちくらいの歳だったかな。あのときなあ、先生、厭世家って分かるか?もう世の中の人間みんなバカだと思ってたんだよ。クズが世の中作ってると思ってた」

「おい大西。先生なんか語り始めちゃったよ…どうしよう、とりあえずさ、やっぱあのパ」

でもなあ、人をバカにして良いことなんてないんだよ。結局人をバカにしてたら、バカにされるのは自分でな。だってバカにしたら、少なくともそいつよりは賢くなきゃならないって思うだろ?でも先生実際賢くなかったし、ボロ出るの嫌で、ずっと静かに本読んでたよ。本読んでたら賢く見えるだろうし、その世界に没頭してたら余計なことに関わり合わなくていいしな。そんなとき読んだのが、はい何でしょう。…そう『檸檬』な。誰も答えてくれないから先生自分で言っちゃいました」

「スッとしたね。先生と梶井基次郎は違うけど、なんかあの作品ではシンクロできたんだよ。感動して小説も書いた。破壊願望とか本当に綺麗な世界とかそういうのをテーマにした作品なんだけどな、できたの見たらただの閻魔帳でした」

「…見てえ」

「ちょっ、けーた!」

「見てえか圭太。色々解決したら見せてやるよ。月曜にでも」

「まだ残ってるの!?」圭太が目の色を輝かせて言った。

しかし圭太の周辺にいる生徒は、圭太の空気の読めなさに戦き、でも何故か穏やかな空気になっている事実に認知空間のゆがみを感じてなんたらかんたら。

「残ってんだなあそれが。捨てるにも捨てれなくて、結局自分で持ち歩くしかなかった。めちゃくちゃ嫌なんだけど、パスポートより大事にしてるんだぞ。さすがに免許書とか通帳よりってことはないけど、まあパスポート無くなっても良いけどあれが無くなると焦るな。おかしいだろ」

カカカと圭太が笑う。子ども化したヤブサカと圭太は気が合うみたいだった。

「まあそんなことはどうでも良くて、とりあえず俺は教えたいわけ。人をバカにするってことがどれだけ怖くて、自分を苦しめることになるかってことを。なあ、分かるだろ?」

文美はヤブサカの方に顔を向けることができなかった。今ヤブサカは自分を見つめていて、自分に言っているのだと思えて仕方がなかった。

「なあ、勇人」

文美は勢いよく顔を上げた。顔を上げるとヤブサカはやはり自分を見ていた、ように見えた。だけど口にした名前は、隣の席の大西だった。大西勇人。ヤブサカは文美の顔を見てニヤリとした後、大西の脳天を穿って壊してしまいそうなほど鋭い目で、見つめた。

「大人になるなんて簡単だよなあ勇人」

クラスメイトは、授業中に出される難問を勇人がこともなげに答える光景を何度も目にしていたから、今回も同じ要領で、模範解答を発してくれるものだと思った。

「よし、パイン奪おう」

「大西?」

「別に先生狂暴になったわけじゃないし、男子何人かで力づくでやれば…」

ヤブサカが、「大人になるなんて簡単だ」と言った大西のセリフを繰り返したことに違和感がないこともなかった。皮肉めいた言い方。やはり挑発するような空気を帯びていた。大西の方針の変化は挑発に乗ってしまったことに他ならず、慌てて行き先を変えようとする大西の態度に、他の生徒は少なからず動揺する。

そんなこと、ヤブサカに聞こえるように言っていいの?という顔が全員に張り付いた。でも良いのか、言おうが言うまいが、力づくなんだから変わらない。

「先生がパイン持ってるうちは、やっぱり話が進まなそうだ。結局まだ俺たちに用意した課題のこと先生話してないしさ」

「勇人。良かった。お前もまだまだ子供らしいところあったんだな」

ヤブサカは教壇から降りたが、手にはまだパイナップルをしっかり持っていた。

多目的教室の前面に、島にしてある机が3つ。その間を縫うように、8の字移動を繰り返し、しかし焦点は大西勇人に定まっている。隙をつけば誰かがパイナップルを奪うのは簡単そうだった。

「先生、ほんとさっきから何言ってんですか?」

手が出るものはいなかったが、こんな類のことを口に出すものは何人かいた。ほとんどが不安気な声だ。

ヤブサカはほとんど聞いていない風だったが、生徒たちの不安げな声に応えるように、おそらく誰も期待していなかった返事をした。

「ちなみに今日のレクのことは、親御さんたちにはもう話してあるから心配しなくて大丈夫だぞ。先生幸い親御さんたちの信頼は厚いらしくてな、驚くほどすんなりOKだったな。まあ何だかんだ先生ここ来て5年目?だからな。お前たちのお姉ちゃんお兄ちゃんの代も知ってる」

「いや、まあそれは良いんだけど」おそらく圭太か、誰かが言った。

「お、勇人も大丈夫か?」

「え、ま、まあおれも、大丈夫ですけど…」

「でも勇人のお母さん心配してたぞ。んーなんかこう、うまく説明できないけどな、お前にあんまりストレスかけたくないみたいな、そんな感じだったな」

ストレスという言葉が、生徒たちにはあまり馴染み深くないようだった。言葉は知ってるが、大西勇人とストレスがどう関係あるのかが分かる者はいなかった。

ヤブサカは大西勇人の傍に寄り、耳元で言った。

「一日学校だと、子守が大変じゃないか?」

隣にいた文美には聞こえていた。子守?

「勇人、みんなに教えてやってくれないかなあ。大人になるってどうすれば良いんだ?さっきなんか言いかけてなかったか?大人になるのなんて…なんとかって。みんなにコツを教えて、無事に大人になれれば、今日のレクはしなくても良いかもしれないぞ?先生が本当は教えてたいんだよ。大人になりかた。いや教えてほしいくらいだよほんと」

文美には既に大西の動揺が伝わっていたし、おそらく大西が自分たちをどういう風に見ているのかも理解することができた。でも悪い気はしなかったし、自分たちのせいだと思った。

「それは…人を、子…」

文美がパイナップルを奪った。両手にしっかりと挟み込まれていたパイナップルの側面を持って、ねじるように引き抜いた。表面の硬さ、思っていた以上の刺々しさ。本当はラグビーボールのように抱えたかったけど、「それは無理」と思ったし言った。

ヤブサカはその瞬間。魂が抜かれたようにその場で頽(くずお)れた。

「ひゃっ」という控えめな悲鳴。全員が死んだ?と思った。

「先生?」何人かが声をかけ、何人かがヤブサカの体を揺する。

返事がない。

「やだよぉ。せんせいぃ」

泣きだしそうな声が導火線になって、パニックへと発展しそうな気配があった。

するとヤブサカがむくりと起きて

「すまん。うそ。あまりにもさっきのおれがアレだったもんで顔上げられんかった」

ヤブサカの様子がパイナップルに支配される前に戻っているようだった。険のある目つきが無くなり、口調にも棘がない。先ほどまでの記憶はあるようで、それどころか頽れたのもヤブサカのポーズだったらしい。

「すまん、勇人」

大西勇人は座ったままのヤブサカを起こしながら、「まあ、ホントのことなんで良いです」とは言ったものの、何かに操られていたわけでもない、思ってもないことを言おうとしたわけでもない、ただ大人げないところが現れただけで、日ごろ彼が思っていた、もしくは母から聞いていた自分の欠点をクラスメイトの前であげつらおうとしただけなのだと思うと、許しをこうヤブサカの顔の意味もよく分からなかったし、自分で言っておいてなにが「良い」のかも分からなかった。

やけくそな気分になって、勇人は口を開いた。

「みんな、大人になるなんて簡単でさ、周りを子どもだと思えば良いんだよ。みんな自分よりバカだ、みんな誰かがちゃんと教えてやらなきゃなんもできないんだって思ってれば、イライラもそんな無いし、面倒なこと押し付けられても何とかなる。結局ヤブサカと一緒なんだ。家ではけっこう母さんに愚痴ったりしてる…みんなのこと、バカにしたりも」

文美が口を開こうとした。そんなの私も同じだ。あろうことか、私は大西のこともバカだと思ってた。都合よく色々押し付けられて、勝手に苦労してると思ってた。

「いや、全然違うだろ」と圭太が言った。

「うん、全然違う」何人かが同調する。

「先生は別にクラスのリーダーでもなかったし、人気者でもなかったんじゃないの?頼りにも、多分されてない。ねえ先生」

「圭太。おま、お前、おれの何を知ってるんだ…。いやまあそうだけども。まったくその通りだけども」

「先生のってヒガミじゃん?いやさっきのクズの先生ね?自分ができなかったことを勇人ができてるから。して少なくとも俺は勇人にバカにされてもしょうがないなあって思うな。ぶっちゃけお前に甘えてるし、おれはおれで、どうせまた勇人が勝手にやるだろって感じでバカにしてるってか、たか括ってたとこあるし」

口は開かないが、誰も異論はないようだった。まあそうだよなあって空気だった。

「なにお前ら。大人かよ。いつの間にそんなになっちゃったの?」とヤブサカは、ポカンと口を開けて生徒を見る。そして頼もしく感じる。こいつらなら、パイナップル爆弾の脅威から我々大人を守ってくれるかもしれない。

「お前たちの課題はね」

一斉にヤブサカに視線が集まる。ヤブサカはその課題が書いてあるらしい紙きれをポケットから出し、確認しながら話しはじめた。

「課題は、いくつかあるんだけども、まずはそのパイナップルを先生方から遠ざけること。ほら、おれ体育館でそれ見つけたって言っただろ?あれ実は、匂いにつられてなんだ。もう一回言うけどおれはマシな方です。カマト先生とノウキン先生はひとかぎで末期みたいになって、パインを求めて彷徨うから、今保健室に縛り付けてあります」

おい微妙にさっきと言ってること違うぞ、みたいな雰囲気にはなったが、誰も口を挟まなかった。このようにまともに会話ができていることが奇跡だと言わんばかりの言い方だが、生徒たちにとってはただの甘い匂いだから、納得しかねるところがある。すべて様子見である。

「廊下歩いてるだけで匂いを感じて体育館に行っちゃうくらいだから、ちょっとやそっとの遠ざけ方では効果がありません。最終的にはみんなで仲良く分けて食べちゃってほしい。それしかないと思うんだ」

え?という顔の生徒。拍子抜けといった顔だったかもしれない。そのあとすぐに誰かが言った。

「あ!丸ごとのパイナップルってどうやって食うんだよ!誰か知ってる?」

「知らない」と口をそろえる生徒。

「はいじゃあ調べ学習です。パイナップルの剥き方を調べて、みんなで調理して食べてください」

「そんなの視聴覚室行ってパソコンでググれば良くない?」と誰かが言う。

「えーちなみに視聴覚室のカギも、家庭科室のカギも、職員室にいる先生の許可が下りなければ使えません。包丁の使用は誰か先生の付き添いが必要です。ちなみに職員室には教頭がいますが、なかなかの子ども化を見せているので簡単に借りれるとは思えません」

「まじかよ…。」

一気に面倒くさくなってきた生徒たちだった。

つづく

『パイナップルの花束を君たちに』~子供が急に大人びても驚かんけど大人が急に子どもになると怖い~(2)

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