囲まれてるものに影響を受けながら、囲まれてるものに影響を与えてる

発想と行動を記録する

まず人で考えてみます。

内面は少なからず外見に表れると思う。

また、外見は少なからず内面に影響するに違いない。

実際に内面と外見の関係はどうなのかよく分からないけれど、「外側と内側が相互的に影響し合う」という現象について考えると、僕はとても面白くなります。

そりゃそうだよな、と思う一方、それってすごいことなんじゃないの?と思うのです。

だって、人の例で言えば、内面を磨けば世界が変わるかもしれないってことでしょう。

外側と内側、内容と枠の相互的な影響がこの記事のテーマ。

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SNSのルールやデザインが内容(コンテンツ)を作り、内容がルールやデザインを磨く

急に俗な話題になるようだけど、対問えばインスタグラムは基本的に写真を投稿するSNSで、現代の高精彩カメラがついたスマートフォンと相まって、誰でも簡単に素敵な写真をシェアできる。

「素敵な写真」というのがミソで、自然に「インスタグラムっぽい写真」、「インスタグラムに投稿するに相応しい写真」というものが出来上がっていく。

インスタグラムの編集機能やアーカイブの一覧性などの大雑把なデザインによって、内容(コンテンツ)が緩やかに定められ、定められた内容の群れがインスタグラムっぽさを作りあげ、インスタグラムっぽさを受け取った順に高度に共有された「それっぽさ」を目指して内容が投稿され続ける。

この繰り返し。外側にある枠(ルールとかデザイン)が内容を作り、内容が自然とルールやデザインを磨いていく。

内と外の相互的な影響し合いがうまくうけば、それは確固とした個性を作るんだと思う。

僕らはどんなものに影響を与える存在だろうか?どんなものに影響を与えられる存在だろうか?

人も内面と外見が互いに影響し合っていそうな気がする。インスタグラムに限らずSNSの多くがたぶんそう。

考えてみれば僕らは多くの「枠」に囲まれていると思います。「枠」と言って分かりにくいなら「環境」と言っても良いかもしれませんし「ルール」と言っても「世界観」と言っても良い。

「外見」「身に付けるもの」「住んでいる場所」「使っているSNS」「職場」「家」「自然」「よく行くお店」「コミュニティ」「通貨」「常識」

とにかく僕らは常に何かに囲まれていて、その中で何かを表現したり、行動したり、発言したりしている。

僕らは常に囲まれているものの影響を受けながら、絶えず囲まれているものに影響を与え続けている。

そんな風に考えたらどうでしょう。なんか面白いような気がしませんか。

漠然とした物言いをしてしまって申し訳ないけれど、この記事を読んでくれている人は少しだけ考えてみて欲しいなと思います。

自分が何に囲まれていると強く感じるか、そして自分の行動によりその自分を囲んでいるものにどんな影響を与えうるか。

 

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