「トピックを立てる人」と「売り言葉に買い言葉の人」

コミュニティ・メカニズム

僕らの会話によるコミュニケーションは大きくふたつの場面に分かれると思います。

一つは、何らかのトピックがあって、それについて話す場面。

もう一つは、誰かの発話にリアクションする、を繰り返す場面。

「場面」と言ったけれど、これはその人(もしくはコミュニティ)のコミュニケーションのクセのようなものでもあると僕は感じています。

コミュニケーションのクセをよく見る
人にはたいていコミュニケーションのクセがあるものではないでしょうか。もっとも単純なものでは口癖が分かりやすいかもしれませんが、アニメのキャラクターのように独特な口癖というのは日常では意外に少ない。「なんか」とすぐに言ってしまうとか、「...

会話をするとき、「基本的にトピックを立てながら話を進める人(コミュニティ)」と

「売り言葉に買い言葉」と言えば印象が悪いかもしれないけど、まさにそんな感じの「リアクションの応酬を基本に話を進める人(コミュニティ)」。

もちろん僕らはどちらのコミュニケーションも取るのだけど、比率で考えるとトピックを立てがちな人(コミュニティ)とリアクションに頼りがちな人(コミュニティ)がいる、という感じ。

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後から考えて何の話をしたかが分かる場面と、後から考えて何の話をしていたか分からない場面

具体例を挙げると具体的になり過ぎるので各々ご自分付近の会話を観察してみて欲しいのだけど、きっと「トピックが立っている会話」と「リアクションの応酬を基本とする会話」と聞いて普通に分かると思います。

とは言え僕の認識とは異なるかもしれないので少しその区別に説明を加えると、トピックが立つ場面とは、後から顧みて「なんの話をしたか」が分かるような会話が繰り広げられる場面です。

正確にはスモールトピックという感じでしょうか。何も「世界の貧困」についてとか、「人生の野望」についてとかたいそうなものではなく、「結婚生活のこと」や「最近買ったもの」のように「今何について意見や考えを喋るかが分かる時間」のこと。

一方「リアクションの応酬」では、振り返ったときに「特に何の話ってわけでもないけど……」という会話の印象になりがち。

ロンドンハーツのガヤ芸人とアメトーークの○○芸人の違い

中には「え、それなら普通にいつもトピックが立てられるもんじゃない?トピックの無い会話ってなに?」と思う方もいるかもしれませんので、やはりイメージとして例をひとつ挙げておこうと思います。

テレビ番組だと、ロンドンハーツのガヤ芸人とアメトーークの○○芸人の違いが分かりやすいのではないでしょうか。

ガヤ芸人は特に何の話をしているわけじゃない。誰かを弄ったり、囃し立てたり、単純な質問に答えたり。ザキヤマさんは面白いけど、何の話をしたか?と言われると困りませんか。

一方アメトーークは、番組の主旨がそもそもトピックに関して各芸人が語るという構成です。当然トピックが立っているし、誰が何の話をしたかが分かる。

これが日常の何気ない会話でのコミュニケーション場面でもわりとはっきり分かれると思うのです。

「会話をすればいつも普通にトピックって立てられるもんじゃない?」と思った人は、きっと普段からトピックを立てて話す人だったり、そういうコミュニティに所属しがちなのではないでしょうか。

トピックを立てる人と売り言葉に買い言葉の相性は良くないかも

それで冒頭でちょっと書いた「トピック/リアクションの応酬」の比率の問題と、この記事の本題。

僕らはどちらのコミュニケーションもよくやるのだけど、コミュニケーションと言えば当然トピックを立てて話したい人(コミュニティ)と、リアクションの応酬で十分楽しい人(コミュニティ)の二種類が存在すると僕は感じています。

普段トピックを立てて話す人は、ロンドンハーツのガヤ芸人みたいな状態で会話をすることがあまり得意ではないのではないでしょうか。

少なくとも僕はそう。例えば僕は男同士が集まってする会話というのにどうも苦手意識があって、それはこれと言ったトピックがない場合が多いからです(少なくとも僕の人間関係では)。

だから僕はあるコミュニティの中ではひどく無口な印象になっているはずだし、ある人にとってはとてもお喋りに見えているはずです。

僕の中でも自分が無口なのかお喋りなのか分からなかったのだけど、会話でのコミュニケーションに種類があると気付いてから少しスッキリしました。

皆さんはどうでしょうか。この話、なんとなくピンと来るでしょうか。

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