本を読みながら文字のことを考えると少し気持ち悪くなる

表現力の向上を目指して

 

うちの子は今だいたい生後7か月くらいなんだけど、なんせ文字が読めないんですよね。

よく考えたらこの子まだ一文字も理解できないんだな、と考えるとなんか面白くて、今この子文字のことどう思ってるんだろう?って思うことがあります。

文字で世の中を理解していない状況ってどんなだったんだ?文字を介さずに物事を理解することがもう僕にはできなくて、ってことはこの子が見ている世界と僕が見ている世界はまるで違うかもしれない。

文字が読めるときと読めないときとでは、どちらの世界の方が大きいのだろう。きっと読めない世界の方が大きい。

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でも、言葉を知っている方が豊かになるというか、見えるものの深度が上がるような気もする。

例えばあるお庭に植わっている木とか花とかの名前を覚えると、今までは漠然と「緑」だった視界がハッキリするような気がする。

そんなことを考えていると、僕が文字を読めるのはなぜだろう?とも思う。読めない状態がよく分からないし、そもそも読めるってなに?何をもって文字が読めると思ってるの?とか考える。

一文字ずつ、意味と音の分かる文字を追っていくと、イメージできるものがある。

ある日の夜、急に小腹が空いてコンビニに行きました。

という文章を読めば、その意味なり、映像なりが頭の中で想定できる。

今この引用マークの文を読んだ人は、コンビニに向かう人の姿が瞬時に思い浮かんだはず。自宅のドアを開けて外に出る場面か、コンビニに行く途中の夜道なのか、コンビニの中なのかに違いはあれど、とにかく意味的な、概念的な、映像的なものが浮かんだはず。

この現象って何なんだ。文字って気持ち悪い。

けど「文字だけ」を読んで僕らはどんなことまで想像できるのだろう、とも思う。好奇心が湧く。

だから基本的に文字だけで物事を表現する「小説」という形式にも興味がある。

以下の本がなかなか面白かった。本を読むときに何が起きているのかを論理的にではなくビジュアルで表現した感じの本。

これを読んでから小説を読むと面白いというのが正確かもしれない。頭の中に浮かんでる映像は意識してみるとなかなか独特だったりする。

 

 

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