江戸川乱歩『人間椅子』のラストは、「先に届いたお手紙の内容はすべて創作でした」ってものですね。
一応人間椅子のあらすじを簡単に書いておくと
①売れっ子作家佳子のもとに手紙が届く
②差出人は家具職人。彼は自らの容貌の醜さを儚み、自殺を考えることもあった
③命を絶つくらいなら思い切ったことをと、作った椅子の中に入り込むことを思いついた
④椅子ごとホテルに侵入、盗みを働いたり、色々な人を膝の上に乗せて悦んだ
⑤そんなある日、ホテルの椅子が競売にかけられる
⑦今佳子が座ってる椅子がまさにそれ。佳子を乗せてるうちに好きになった。一度会ってほしい。
⑥冗談冗談、実は創作だったんだけどどうだった?
なーんだ作り話か、って読者は思うのだけど、佳子の立場になってみるととても怖いですね。実際ものすごくビビります佳子は。
いや作り話か?私が座っているこの椅子に、今は誰もいないかもしれないけれど、今までずっと、この手紙の差出人が入っていた……のでは?
椅子の中に人はいたと思う。なぜなら生々しい記述が多いから
佳子はなぜ家具職人の作り話を怖がったかというと、彼の話が真に迫っていたからです。
例えば、競売である官吏に購入された椅子を実際に使うのは、そのお屋敷のご婦人だったという話が手紙の中に書かれている。まずこの点からして、その通りだったんだろう。
いくつか文章を抜き出してみましょうか
買手はY市から程遠からぬ、大都会に住んでいた、ある官吏でありました。
買手のお役人は、可成立派な邸の持主で、私の椅子は、そこの洋館の、広い書斎に置かれましたが、私にとって非常に満足であったことには、その書斎は、主人よりは、寧ろ、その家の、若く美しい夫人が使用されるものだったのでございます。
就寝の時間を除いては、夫人のしなやかな身体は、いつも私の上に在りました。それというのが、夫人は、その間、書斎につめきって、ある著作に没頭していられたからでございます。
世にも無躾なお願いをお聞き届け下さいますなら、どうか書斎の窓の撫子の鉢植に、あなたのハンカチをおかけ下さいまし、それを合図に、私は、何気なき一人の訪問者としてお邸の玄関を訪れるでございましょう。
なんで知ってんの!?のオンパレードですよね。
佳子の家を特定するのは比較的簡単なことかもしれない。だけど佳子の生活スタイルを知ってるのはおかしいですよね。著作に没頭していたかどうかなんて同じ空間にいなきゃ分からないじゃないですか。
そして家で仕事をするすべての人が分かると思うけれど、家にいたら余計なことばっかりしますよね。よく考えたらトータルで集中してた時間なんて一時間くらいなんじゃないかってくらいグダグダしてしまうのが人の性。
そうじゃないからこそ売れっ子作家なのかもしれませんが、とにかく人の目がない状況でコツコツと頑張るというのは大変難しいものです。
まあいいかこの話は。人によるしな。
で、このあと、「なーんて嘘うそ、ちょっと思いついた創作だよー」ってオチなんだけど、オチてる?オチてませんよね。誰が納得しますか。いやいや嘘や冗談じゃ片付けられないでしょう。
他人ならなんだそういうことかで済むかもしれないけど、佳子さんにとってはそうじゃない。生々しい記述が多い。
『人間椅子』の世界であった真実を妄想する
ここからは妄想を書きますよ。あまりにもモヤモヤするので、実際に何が起こったのかを考えておきます。
とりあえず、人間椅子の中に人間はいた。
そして実際、彼は本当に佳子さんと会って、少し話がしたくなった。
手紙を読み、怯える佳子さんを見て、基本的には善良な差出人の男は、あらかじめ用意してあったオチの手紙を慌ててポストに入れて去った。
一方、佳子さんの方は、このあとじわじわと好奇心が湧いてきて、指示があった通り、撫子の鉢植にハンカチをかけてみたと思います。
このとき、既に去っている人間椅子の中の男は、合図を見ることなく傷心の家路。
佳子さんは誰も訪れて来ないことを確認し、やはり質の悪いいたずらだったのだと思う。
ならば次にすることは、椅子の中を検めることですね。椅子の中身を調べてみるなんて絶対ムリ!とは言ってるのだけども、なんだかんだ調べると思う。作家故の好奇心。
そこで実際に人が潜んでいた痕跡があったかと言うと、別にないんじゃないかなと思います。椅子の中に人て。そんな椅子あるものですか。そもそもそんな家具職人の実在以前にそんな椅子の実在が疑わしい。
椅子がそもそも想像の産物であり、中にいたという人間も想像の産物。
そもそも佳子さんの創作なんじゃないのって思います。佳子さんの、本業の合間に思いついた創作だと考えるのが一番辻褄が合うんじゃないでしょうか。
『人間椅子』好きだけど、どこまで素直に読むかで面白みが変わるなって思うんですよね。
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