小説の読み書きをする最高のシチュエーションのことを考えていたのですが、考えているうちに3つの視点から考える必要があるなと思いつきました。
外部環境。
内部環境。
超外部環境。
これらの観点から、小説を読み書きする最高のシチュエーションを考えてみます。
ちなみに「小説」とわざわざ限定しているのは意味があるのかというと、個人的にはあります。
小説は他の種類の本よりも没頭できるかどうかがシチュエーションやコンディションに関わる割合が多いと感じているからです。
それは儀式に近く、集中を必要とします。あくまで個人的な話ですが、没頭に辿り着くためには多くの手順を必要とします。書くとなるとなおさらです。
小説を読み書きするのに適した外部環境
外部環境は言うまでもなく、温度、湿度、音、広さ、明るさなど、自分の身の周りの環境のことです。
この外部環境については、だいたいの人の意見が一致するのではないでしょうか。
例えば、まったくの静寂である必要はないけれどうるさすぎない方が良いとか、暗いと疲れてしまうが明るすぎない方が良いとか。余計な刺激は少ないに越したことがないですよね。
きっと、図書館などの環境で特に大きな不満はないはずです。
欲を言えば座り心地の良い椅子が欲しいとか、人の目はない方が助かるとか、飲み物が傍にあると嬉しいとかが加えられると思います。
ざっくりまとめると個人的に使える図書館のような空間があれば嬉しいという感じでしょうか。
小説を読み書きするのに適した内部環境
内部環境とは自分の身体の内側の環境、つまりコンディションのことです。
とりあえず体調が悪いときはなかなか小説には手が伸びませんよね。少なくとも僕は小説を読むなら健康な状態が良い。
あとこれは以前ご意見を頂いた方が言っていたことだけど、適度な空腹状態が良い。これは本当にそうだなと強く共感しました。
満腹状態でも、労働後のような空腹状態でもなく、胃腸が食べ物の処理にやっきになるでもない、食べ物を求めるでもない、休止状態のコンディションが小説には適しています。
あとけっこう重要なのが精神状態ですが、個人的にはなかなかここが複雑なのではないかと感じます。
超外部環境の話でこの辺をカバーします。
小説を読み書きするのに適した超外部環境
精神状態はできれば良い状態の方が小説を読み書きするのに適していると思います。
しかし、底抜けに明るい気分のとき、超開放的な気分のとき、浮かれているときに小説を読もうとはあまり思わない。
どちらかと言うと心のどこかに影を抱えていた方が、小説世界に入り込むには適していると感じる方が多いのではないでしょうか。悲しいと言わないまでも憂いのような気分や、怒りと言わないまでも鬱憤程度のモヤモヤは小説に共感し没頭するには必要な感情のような気がします。
でも本当に心に何かを抱えているとき、具体的に悩んでいたり心配事があったりすると、なかなか小説に没頭できないのも事実。
そこで過去を振り返ってみると、超外部環境とも言える要因が小説を読み書きするシチュエーション、コンディションには一役買ってるのではないかと思い至りました。
それは天気です。
外は大雨、ここは温か、時間は無限
小説を読み書きする最高のシチュエーションを思い浮かべるとき、僕にとって一番重要とも言えるのが、超外部環境、つまり天気だと思います。
外では大雨が降っている。しかし今日は特に外に出る予定もなく、一日ゆっくりできる。引きこもって小説を読むには丁度良い日だ。
家の中は静かだけど少し意識を外にやると雨が屋根や窓を激しく叩きつけているのを感じる。
激しい天気のせいで精神的に取り残され閉じ込められたような気分になって、誰かが来るわけもないし、他に何もやることがないという状況。朝も夜も関係なく、曇天一色の薄暗い日。
きっとこの、諦めの環境が必要。活動的になろうにもなれない日に、憂いも鬱屈も外の天気に任せていられること。
外は大雨、ここは温か、時間は無限
これが感じられるシチュエーションが、小説を読み書きするのに適していると僕は感じます。
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