発想と行動を記録する

人工知能(AI)は僕らが機械化するという形で実現するかもしれない

人工知能についての知識はほぼゼロなんだけど、機会に学習能力を備え付けて、自分で勝手に成長していく知能、みたいな感じでしょうか。 人間のような判断力とか予測力みたいなものが備わっており、ミスやエラーが起きたら自分で原因を探しだし、リトライし...
発想と行動を記録する

人生100年時代なのに時間がないと感じるのはなぜか。どうすれば100年幸せに生きられるか

人生100年時代に突入したというのに、日々の時間のなさ、ゆとりのなさは異常だと思いませんか。 人生100年時代を念頭においていろいろやらなきゃいけない、いろいろ備えなきゃならない、計画的に生きなければならないというのは理屈の上では分かるの...
自分で考える創作論

創造力に自信がないとか、クリエイトに興味がないとか関係なくクリエイティブに巻き込まれる時代

創造力に自信がないとか、クリエイトに興味がないとか関係なく、クリエイティブに巻き込まれる時代だと思います。 創作やクリエイトの分野って、印象としては人口の15%くらいの人が成人するまで維持している特別な能力って感じがしませんか。 「クラス...
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発想と行動を記録する

大きな言葉を使うと伝わりやすいけど個性が削がれる

大きな言葉をどれくらい使うか、ということを、ここ数日考えています。 大きな言葉というのは「カテゴリー」と言えば良いか、それとも「上位語」と言えば良いでしょうか。 例えば、僕がまちについて個人的に考えたりなんだりしていることは「まちづくり」...
いなかを観察する

官民一体のまちづくり/「まち」という場に呑まれない重要性

「まちづくり」をテーマに書き続けているブログですが、「まち」という場に呑まれないことに気を使うべきだと考えています。 「まち」に呑まれないってどういうことかよく分かりにくいですよね。 例えば、基本的に僕は「官民一体となって」という文言に対...
旧佐藤医院

コミュニティスペースの使い方を自分で考えてもらいたいワケ

我が町のコミュニティスペース「旧佐藤医院」で殊更に「使い方は利用者に託されている」「自由に使ってください」と言っている意味を改めて書いておきたいです。 何度か書いていることではあるのですが、この点に絞って書いたかどうか分からないし、書いた...
発想と行動を記録する

「自分でやった」が作る満足感が地域の10年先を作る

自分で見つけた、自分でやった、という感覚ってとても大事だと思います。 そう考えると、「情報を発信する」という行為も、誰かの「自分でやった感」を奪わないようにしなくてはいけません。 これはこないだ書いた コミュニティスペースの使い方を自分か...
発想と行動を記録する

僕にとってゲームは、「この世界観の中で一人ぼっち」が魅力的だった。

最近は「小さな世界観」のサイズを守りながら、それを多くの人に楽しんでもらう、好きになってもらう方法、のようなものを考えています。 このブログのメインテーマは(そうは見えないかもしれないけど)「まちづくり」で、そのまちづくりに必要な視点なの...
旧佐藤医院

コミュニティスペースの使い方を自分からスタンダードにしない

小さな規模の世界観を守るという意思や工夫 という記事を昨夜書きました。 ざっくり何が言いたかったかというと、「サイズ感も含めて世界観」だと思うから、何かを発信したり表現したりするとき、とにかく広く、とにかくメジャーにと規模を広げたいところ...
発想と行動を記録する

小さな規模の世界観を守るという意思や工夫

やっていること、作っているもの、興味のあること、その景色、ルール、アイデンティティ、オリジナリティ、つまり世界観を広く発信することはとても大事な時代だと思う。 まちという単位でも、個人の単位でも同じ。もしかしたら「国」こそが意識しなければ...
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