作品は、内容だけじゃなく「枠」が大事。超大事。

自分で考える創作論

あらゆる作品の、内容が大事なことは間違いない。コンテンツイズキング。でも「枠」も大事。

むしろ今は「枠」の方が大事と言っても良いかもしれない。「媒体」、「プラットフォーム」、「額縁」。

考えてみると作品の枠には実に色々な名前がついていますね。とにかくそういうヤツの話です。

枠が大事、発信、発表するときは枠選びが大事、という話でしょうか。

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インスタグラムで見る写真とカレンダーで見る写真

例えば、インスタグラムで見るような写真に見入ってしまうことがよくあります。

しかし、ある日カレンダーを見て思いました。カレンダーに使われる写真に目を奪われたことってないかもしれない。

写真として見れば確かにすごい写真だなとも思うんだけど、僕の場合、インスタグラムで反射的に「きれ―だな」「すごいな」と思っていいねボタンを押したくなるような作品に、カレンダーで出会ったことがない。

逆に、カレンダーに採用されるような写真をインスタグラムで見たら、きっといいねを押していたんだろうと思うのです。

これは「インスタグラム」という枠組みが、そもそも「カレンダーの日付上部分の写真」より優れているからでしょうか。

いえ、たぶん主従の関係のせいだと思います(カレンダー=日付が主、写真は従とい枠組みを持ってる)。

ブロガーの本を買ってがっかり現象

そこで別の例を考えてみました。

プロブロガーの中には人気に火がつき書籍の販売にまで至った人がけっこういます。

実際にブログのファンで、書籍にも手を伸ばしてみたけれど、WEB上で見たときの印象と違う。非常にチープな文章に見えるし、読みやすいのは良いけれど実に内容が薄い。そんな経験をしたことがある方は多いと思います。

実際、ブロガーはWEB(ブログ、サイト、スマホ画面)という枠組みの中で文章を書くことに特化した人たちが多いのだと思います。

また、有名作家がブログを書いたからと言ってトップブロガーになれるかというとそういうわけでもないんだろう。

つまり、媒体に相応しい文章の内容と文章のデザインがあって、枠の方を変えると途端に相応しくなくなる、ということがあると思うのです。

ここでは「媒体に適しているかどうか」で内容の価値が変わる、という現象がある。

アニメ主題歌を居酒屋で聞いたときの印象

もう少し、角度を変え、慎重に例を重ねます。

好きで見ていたアニメの主題歌が、ある居酒屋食事中に流れてきました。

歌の内容は当然変わらないのに、印象がまるで違いました。

いやだから、それは主従の問題なんじゃないの?という指摘がやはりあるかと思いますが、アニメにおいてだって主題歌は決して主ではないと思います。とは言えアニメのカッコよさを音楽が加速させるという効果があると思うので、補助的な役割は持っているかもしれません。

じゃあその音楽が居酒屋で流れたとき、居酒屋がカッコよくなるか。それはどうだろう。

あでも、オシャレなバーでクラシックやジャズが流れていたらその場はカッコよくなるかも。

居酒屋でクラシックが流れると少し滑稽になったり、怖くなってしまうかもしれない。

じゃあ、枠組みに適してるかどうか、という話なのでは?

そうかもしれないですが、この場合、音楽が場(枠組みの方)に影響を与える現象が起きていると思うので、単に適しているかどうかで判断できないなとも思います。

なかなか複雑な話になってきました。

いろいろ書きたかったけど思ったより複雑な話になりそうなので無理やりまとめて終わりにします。

「枠」と「内容」の関係パターン

「枠」と「内容」の関係には以下のようなパターンがあると思います。

①「枠」によって作品は従の立場を取ることにより、内容がそもそも強く意識されない、という現象が起きる関係。
→カレンダーの写真

②「枠」に相応しくない、適していないという理由によって、内容が損なわれる、という現象が起きる関係。
→人気ブロガーの書籍

③「枠」の方に影響を与えてしまい、いわば枠を作ってしまう現象が起きる関係
→バーでジャズ、居酒屋でクラシック

もう一つあるなと思ったのが

④「枠」がそもそも存在せず、よって「内容」が目に見えない関係

世の中の枠と作品の関係には、このような複雑なパターンがあると思います。

「内容」と同じくらい「枠」のことも考えなければならない

いずれにせよ、この記事で書きたかったことは「内容」だけじゃなく「枠」も大事だよねということです。

「枠」と「内容」の関係によって、内容が実際よりも貧しいものに見られてしまうこともあれば、実際より豊かなものに見せることができることもある。

また、枠の素晴らしさを補助するような関係になることもあれば、「枠」そのものを規定するような力を発揮することもある。

組み合わせによって内容の見方は変わり、ときに価値が変わり、枠組みを変える。

ならば、内容と同じくらい「枠」を研究することも大事で、それは表現や創作など人為からなるものの、あらゆることに応用できるだろう、という話でした。

この話題についてはまだ書きたいことがいくつかあるので、数回に渡って続きます。

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